
今日の朝ふと思いました。多くの日本人が思考停止している原因としてカタカナ英語があり、それはアメリカの陰謀ではないかと・・。 本国の権力者からすれば属国の国民が自由に英語をものにできるというのは不都合なものだということはもう10年も前から考えていることです。戦後から英語教育はあったのでしょうが同時にカタカナ英語の流布ということが意図的に行われたように思えてなりません。LとRの違いなどまったく無視し、LOCK(鍵)もROCK(岩)もどちらもロックというように馴染ませ、英語の習得を困難にしたように推察するのです。
最近のメディアでは特に意味もないカタカナ英語をわざと使っていると思います。歳入と歳出の均衡点と言えば良いもののそれを何故「プライマリー・バランス」などと言うのか?ニートなどという造語を何故英語で作らないといけないのか?これらの背景には国民に物事を考えさせることを奪うという意図があったことが明白です。
「ドメスティック・バイオレンス」とは英語の「domestic violence」をカタカナで表記したものです。略して「DV」と呼ばれることもあります。「ドメスティック・バイオレンス」とは何を意味するかについて、明確な定義はありませんが、一般的には「夫や恋人など親密な関係にある、又はあった男性か ら女性に対して振るわれる暴力」という意味で使用されることが多いようです。ただ、人によっては、親子間の暴力などまで含めた意味で使っている場合もあり ます。内閣府では、人によって異なった意味に受け取られるおそれがある「ドメスティック・バイオレンス(DV)」という言葉は正式には使わず、「配偶者からの暴力」、「夫(妻)・パートナーからの暴力」などという言葉を使っています。
なんでこんな大昔からある「家庭内暴力」という言葉に英語を使う必要があるのでしょうか?しかも「妻への暴力」という限定された意味に使おうとしているのです。何かうさんくさい感じがしませんか?「インターネット上のホームページ」という言葉もおかしいと言わざるを得ません。ましてや本来のホームページという言葉をウェブサイトとして意味を持たせ、インターネット上にあるのがあたりまえのウェブサイトのことを「インターネット上のホームページ」とNHKのアナウンサーが平気で読んでいるのですから、これを英訳して通じる訳がありません。
「何故、若者は自民党に投票したか?」
「やっぱり覚悟っていうの? そういうのが人生には必要でしょ」「いつその言葉を聞いたのかは忘れたけど…命がけでやってるというのが顔から伝わってきた。だから入れた」「小泉さんがいいと思ったのは、おれは死んでもいいと言ったこと。格好いいなと思った」
野球という単に勝つことだけが目的のスポーツにおいて「松井とイチロウのどっちがいい?」と問われて「私はイチローの方が真剣そうなのでイチロー!」と答えているのと同じレベルなのです。コンピュータに「今からハードディスクのフォーマットを行いますがよろしいですか?はいorいいえ?」と聞かれて「う〜ん?よくわからないけど はい でいいや!こっちの方がかっこいいも〜ん!」というようなノリで政治に参加されているのですからたまりません。
そういえばやたらと「スキーム」なんて喜んで使うやつが居たなぁ〜!
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