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※現在56歳の万年ロックおじさんです。写真はかつらぶっています。元過激派高校生です。福田自民党に断固反対する庶民派です。新自由主義に反対するプロジェクト、Under the Sunを応援します!
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BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」

新自由主義が荒れ狂い、愚かなる既存メディアが大本営発表しかしない現代日本。ややこしく見える問題を根元的な視点で簡単に説明し、あるべき未来の姿を問い続けます!

「美しい国」とはズバリ「奴隷国家」である!

2007-04-29 13:42

1.よ〜く考えよう♪命は大事だよ〜♪



今日は二週間ぶりに病院に行った。今いる寮は来月の7日に出て次ぎのステップに行くことになっていて、11日までの薬は出ているのだが、次の寮の近くの病院への紹介状を書いてもらうためだ。ここに来て既に38日が過ぎ、高かった血圧も正常範囲に収まることが多くなってきた。他方、歯医者さんの方もおおかた治療は終わっていて、あとは7日以降にできあがってくる詰め物を被せて終わりである。この病院と歯医者さんは月とすっぽんの如く対応が違う。病院の方は非常に感じが悪い。毎回、2時間ほど待たされるのに「お待たせしました。」のひと言も無い。帰る際に「お大事に!」なんて言葉は絶対に誰も言わない。それに対して歯医者さんの方は入るなり、明るく「こんにちは!」と言ってくれるし、帰るときは「お大事に!さようなら!」と言ってくれる。看護婦さんは感じが良く、健康そうである。病院の方はと言うと、常に怒っているようで顔色も悪い。待合室全体に悪い気が充満していて本など読む気になれない。そういう訳でいろいろ観察することにした。
まず目に入るのはいろんなポスターが貼ってあるのだが上からセロテープでべたっと貼っている。およそ客商売をしているところで今だにこんなことを平気でしているところは場末の食堂か、まったく勉強していない生業のお店くらいのものである。細かいことであるがセロテープは長い時間経過とともに色褪せ、きれいに剥がせなくなる。無理に剥がすと、跡が残るので、清潔さを大事にしているところでは決してこのようなことはしない。セロテープを使うのであれば輪を作り、両面テープのように使うのがプロというものなのだ。手書きの案内も統一性がなく、美的センスのかけらも感じさせない。一度アルバイトで病院の清掃の仕事をしたことがあるが、徹底的にやっていました。ところがこの病院の掃除の状態はというと、あろうことか受付室に通じるドアの枠の上端を指でなぞってみると埃がわんさかと付いてくるような信じられない状態なのです。さらに驚かされたことは入院の際のベッドのオプションの料金一覧があったのだが、テレビと冷蔵庫を付けるとなんと一日、プラス5,000円というのだ。今どきオークションで買えばそこそこきれいな物がそれくらいの値段で買うことができる。それを一日のレンタル料としてそんな値段で貸すということは、ビデオレンタル店でビデオを当日返却で1本、15,000円で貸すようなものである。看護婦さんたちはやたらと忙しそうに走り回っている。(わたしにはただ混乱しているとしか見えない。)ドアの開け閉めの際にはドタンバタンとうるさい。そういうあたりまえのマナーさえ守られていない。最初に来たときに、いつまでたっても呼ばれないので問いあわせたら、それからすぐに呼ばれた。多分、ミスをしていたのだろう。私が想像するに、こういう病院の経営者というのは・・

1.ただただ自分の我欲を満たすことを何よりも優先している。そのために・・
2.競合病院を出店させないための政治的根回しを常に怠らない。またわたしたちのような立場の患者を積極的に誘致しているのかも。
3.来た患者からとにかくふんだくれるだけふんだくる。患者の気持ちなどはまったく無視する。
4.スタッフは悪条件でこき使う。教育などということは無駄と考えている。経費のかかる投資などは一切しない。業務の流れに無理があっても力でこなせば良いと考えている。

こんなところで治療しなければならない患者も大変だが、従業員はもっと大変だ。何故なら患者は病気が治れば通う必要が無くなるが、従業員は辞めない限り、ずっと通わなければならないからだ。

以上は長年の経営コンサルタント経験による私の独断である。当たっていない場合はご容赦願います。

前回の記事で「ジュンク堂書店」のことを紹介した。あの神戸の地震の時に取引先の出版社から多くの義援金が寄せられたのだが、社員やアルバイトを問わず、被害の程度に応じて分配したという。システム化というのは制度化のことであり、成功するシステム化には必ず暖かい人間の心が伴うのだ。従業員通しがお互いを褒め、認め合う社風があればお客に対しても暖かで親切な対応が自然と出てくる。ところがくだんの病院などではシステムがなく、ミスがしょっちゅうおこり、それを巡って従業員が常に争う。システムというものは誰がやっても自然に同じ結果を導くものである。もしそうならない場合はなんらかのバグが存在していると言える。そんなところに患者から「まだなんですか?」と言われてまともに答えられるわけがない。こういう職場では間違いなく、「悪貨が良貨を駆逐」する。残った悪貨はますます「性格ブス」となる。ストレスが満ちあふれ、病気の患者はそのストレスの悪影響を受けざるを得ない。西洋医学的な知識しかない経営者にすれば、そのようなことを言われても「オカルト」としか認識しない。このような経営であっても大きな利益さえ出ていれば健全な経営とされる。

不二家を始め多くの老舗起業がモラルを忘れ、泥沼に陥っている。生保における保険金未払いも「たまたま」などと言える問題ではない。グローバルスタンダードに対応すべく、顧客を無視し、従業員に無理をさせた結果が今日の企業の倫理喪失を産んでいると言える。「民間にできることは民間で!」という小泉宣伝に乗せられて、神戸の震災以降に人の命に関わるマンションの審査を民間にさせることによっていくつもの耐震偽装マンションが生み出された。こんな暴走を許さないためには消費者がもっともっと賢くなって、どんどんふるいにかけてしまうことが大事だと思う。

2.起て飢えたる者よ♪



SPA!5月1.8日合併号に「20〜30代景気回復でも[消えない不安]の正体」と題して今の若者が抱える不安の事例が紹介されている。○研○業から○野自動車に派遣されたIさん27歳の事例。携帯の就職サイトで「高収入!月給31万円以上可」という文句に惹かれて仕事に就いた。その内容は夏には工場内が40度にもなる中で数十キロの鉄の輪っかを機械にはめる仕事で一日に150個ほどの作業をこなすという。時給は1,150円で月の稼働が20日ほど、家賃などを引かれた手取りは15万円ほどで稼働の少ない月は11万円台にしかならない。寮は3DKのアパートに3人住まい。鍵はかけられなくて派遣会社の人間がいつでも立ち入ることができるという。寝かけた頃に別の当番から帰ってきた人間の物音で起こされ、トラブルになることも多い。自動車メーカーの季節工というのは昔は出稼ぎの目玉であった時代もあったが、小泉改革の成果と言える、派遣が認められた結果としてこのような奴隷状態が生み出されているのだ。

つい先日、ここに入ってきた方にいろいろと話を聞いた。もう何年もこういう施設を渡り歩いてきたつわものである。わざとぼかして書いているがとんでもない事実を発見した。

大石英司の代替空港: ホームレス宿泊所利権より引用
○○○というNPO法人があって、ここの年間収入は35億円にも上るらしい。でここは、最初は取材に応じていたんだけど、途中から取材拒否に転じる。収入の大部分は、入所するホームレスに支給される14万円の生活保護費から10万円を家賃として貰って、そこから食費等を支出することになっている。建前上は、再就職のケア等もしなければならないんだけど、4人部屋で、ケアはほとんど無く、ただ飯が出されるだけ。
 過去に、生活保護費の支給ラインがシビアで、なかなかそれが降りないということを書きましたが、たとえば都や区は、住民が避難所設置に反対しているNPO法人に駆け込んだホームレスには出さずに、○○○には二つ返事で出す。しかも彼らは、審査が通り易いように、病気をでっち上げて不正受給している。


○○○のホームページを見た。センスは良いし、もう立派なものである。くだんの病院などとはまったくレベルが違う。なにやら慈善団体のようにも見えてしまう。こんな記事も発見した。

うみぼうずさんのケースワーカー日記^^児童相談所から生活保護へ : 「貧困ビジネス」より引用
『野宿者向け宿泊所』は野宿者を入所させ、生活保護を申請させる。一部屋に、2、3人を住まわせ、1人につき家賃を、生活保護の住宅扶助費の上限いっぱい(東京23区なら53,700円)までとる。家賃の他に、食費・施設管理費名目で生活保護費の大半の10万円近くを費用として徴収する。
「日本○○連合」「NPO法人○○○」として活動するこの団体は、東京・神奈川・埼玉・千葉に127施設、4138人定員の宿泊所経営を行っている(05年10月現在)。施設1ヶ所当たりの利潤は、多いところで1ヶ月100万円を超える(東京都「宿泊所実態調査」03年の調査原票による)。
生活保護の住宅扶助は福祉事務所から○○○本部の経理に直接振り込まれ、管理費や食費もクレジットカードで決済、取りっぱぐれがない。ある入所者は手元に残る3万円の保護費を「小遣い」といっている。生活保護費を受け取っている実感はないだろう。これらはすべて“合法”である。


現在、東京都内だけで6,000人もの人間を収容しているという。これらの人は統計としては「ホームレス」とは見なされない。他にもこのような施設を運営している団体もあるし、新宿には厚生省が作っている大規模な施設もあるとのことである。4/7の新聞で発表された全国のホームレスの数、1万8564人というのはあくまでブルーシート、段ボールハウスの数のみであり、このような住民の数はカウントされていない。ましてや急増する「ネットカフェ難民」や「マック難民」などの実態はまったく把握されていないのだ。

多くを語るまい。なんたる美しい構図だろうか?あなたはこんな国の奴隷に甘んじて、今日もまた野球観戦にうつつを抜かすのですか?

3.いろんな人が頑張っている!この調子だ!



らんきーブログのぶいっちゃんのことを書いてみよう。私は会ったこともないし、年齢や職業すらも知らない。にも関わらず2回もカンパをいただいているのです。なにが感心させるかというとトラックバックやコメントに対する反応の早さだ。ほとんどチャット状態と言って良いと思う。ブロガーのみなさんに言えることだがいつ仕事をされているのか見当もつかない。美爾依さんにしろきっこちゃんにしろ新しい記事を書くにあたってかなりいろんなサイトに網を広げて情報を収集している様子が伺える。ところがぶいっちゃんの場合は私の誤解かもしれないがあまりそういう風には見えない。にも関わらず、毎日新しい記事を書いておられる。私はぶいっちゃんの凄さはその独創性にあると思う。普通の人が発想できないことをいとも簡単そうに(?)発想される。頭が柔軟で回転が速いのでしょう。それと多くの人を丸め込む(?)性格の良さ。とくらさんに負けず、ぜひどこかに出馬して欲しいとさえ思う昨今なのです。

ZAKIさんが帰って来た!各地で街宣車を使って街宣活動をしていると言う。この人はひとりでもやるんですね。凄い勇気だと思います。警官や右翼とも仲良くなれる才能はとても私には真似ができない。去年の12月はほぼ毎夜遅くまで、焼酎のお茶割を酌み交わしていた関係なのでZAKIさんの顔を見るとお酒が欲しくなる。今はそっとさせてもらおう。(笑)

リチャード・コシミズさんのホームページをアップしていたOCNから削除警告が来ているようだ。「さもありなん」とは思うが露骨な言論弾圧に呆れるばかりである。そう言えば「一緒にシンポジウムをやりましょう!」なんて誘われていたのです。ああ この人とも飲みたいものです。

雑談日記のSOBAさんの「横田めぐみさん参院選直前帰国」警告バナーは素晴らしい。今、私の一番気になることがこのことである。もっともっと多くのブロガーに取り上げて欲しい。

4.お知らせ



お金も乏しいのだがぜひ明日の集会には出たい。

自由と生存のメーデー07──プレカリアートの反攻より引用

クリックで拡大■日 時:2007年4月30日(月・振替休日)開場12時30分
■場 所:大久保区民センター4F多目的ホール
■集 合:12:00-12:30 大久保区民センター(新宿区大久保2-12-7)※JR新大久保駅から明治通り方向に約600m。ペアーレ新宿裏
■主 催:「自由と生存のメーデー07」実行委員会
■呼びかけ:フリーター全般労働組合
■連絡先:フリーター全般労働組合
〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-16-13 MKビル2階
電話:03-3373-0180 e-mail:paff(at)sanpal.co.jp

【反攻1】メーデー宣言集会(区民センターホール) 13:00-14:00

誰かの惻隠の情を満たすために私たちの生があるのではない。私たちは開発と保護に晒され続ける弱き者、力なき者では断じてないからである。私たちは自立への孤立を拒み、連帯の中に自律を求める。つねに別の世界を企み変革を要求する。不安定な生を強いられる私たちは、反攻の日を宣言する。

【反攻2】歌舞伎町周回!サウンド+?デモ 14:00-16:00

サウンドデモはついに新宿大ガードをくぐり、靖国通りを歌舞伎町へと進む。警視庁が数十年にわたって拒否し続けたコースだ。プレカリアートのデモは多様者の力で異例な「前例」を作り続ける。

デモコース(「申請」中
区民センター⇒(大久保通り)⇒新大久保・大久保駅前⇒(小滝橋通り)⇒新宿大ガード⇒(靖国通り)⇒歌舞伎町前⇒OIMEN横⇒(明治通り)⇒(大久保通り)⇒区民センター


サウンドデモ


年収0円時代のおすすめスポット

2007-04-27 14:12

1.図書館は貧乏人の味方です。



ネット人間の私にとって常時、ネットにアクセスできない環境での生活は退屈この上ない。漫画喫茶にて1時間480円を払い、大急ぎでエディタで書いて来た原稿をそそくさとブログにアップし、RSSリーダーに登録してあるブログの中から気になる記事をmhtファイルでUSBフラッシュメモリに保存してから寮に戻り、狭いベッドのプライベート空間で読むのだが当然のこととして記事の中のリンクを追うことはできない。憲法で保証された「最低限の生活」というものは時代の変化とともに変わって当然だと思う。しかるに「読み朝る毎」やスポーツ新聞などの白痴化新聞やポスト、現代、朝日、新潮などの週間誌は定期購読されているものの、残念なことにネットは提供されていない。こんなものは全て空いていたとしても興味のもてる記事を読むのには1時間もかからない。昔はヌードに誘われて買ったものだが、そんなものは今やネットには溢れているので、中身のないゴミには100円でももったいなく感じる。ネット先進国であれば刑務所でもネットが使えるところがあるのではないだろうか?ホリエモンもネットの無い拘置所でさぞかし苦痛を感じたと思う。毎日、300円もするタバコが支給されるというのにネットが使えないという現状こそIT後進国日本の姿を表していると言える。まあ巨人戦や「遠山の金さん」などでは映画館のように娯楽室が一杯になるのであるからしかたがないのでしょう。私のようにプロの物書きでもないのにしょっちゅうパソコンで文章を書いている方が変人です。ハイ!

その結果、おのずから図書館で本を借りて読むことが生活の中での多くを占めている。このブログでも紹介した副島隆彦さんの「トンデモ本(笑)」、鐸木能光さんの小説、パソコン&インターネット関係の本などを読み漁っている。経済、政治、歴史に関しては真実を書いている本は極めて少ないのでじっくり読む本は限られている。自分の感性にフィットしない本をだらだらと読むのは嫌なので借りてもさっと目を通しただけで返してしまう本も多い。自分で身銭を切って買った本だとすこしくらいおもしろくなくても一応最後まで読むのだが、図書館で借りた本であればおもしろくない場合は即、読むのを辞めることができる。2年前に読んでそれなりに参考になった大前研一さんの「考える技術」という本を再度、読みはじめたが「はじめに」を読んで、それ以上読むのを辞めてしまった。新自由主義的立場が目についたからである。

東京でも大阪でも、今は本が15冊まで、CD2枚まで、DVDもしくはビデオが2本までというのがおおよそ共通した制限のようである。知らない人が多いのですが図書館には閉架といって一般には見せない倉庫がある。おそらく相当高密度に所蔵しているので所蔵している本の数はかなり多い。単に開架部分を眺めていても無い本がパソコンで検索すれば出てくる場合があるのです。それから同じ行政区であってもいくつかの図書館の支所があり、それらの所蔵本を予約することができ、毎日循環車が回っていて貸し出し可能の本であれば翌日には借りることができます。これはほんとうに便利なのです。

タレント本などは絶対に買わないが、図書館だと気楽に借りれて気楽に読める。志村けんさん(ナンミョーという噂もある?)、大橋巨泉さん、桂文珍さんなどの本を読んだ。才能もあって器用な人たちの本を読むと時々うらやましくなる。巨泉さんのような生き方は特に惹かれる。正直、豊かだと思う。六本木ヒルズに住んでいるIT長者たちの生き方にはあこがれなど感じないが、日本人ばなれした巨泉さんには共感できる。今日は以前から気になっていた井筒和幸監督の「アホか、お前ら!」を読んだ。これがけっこうおもしろい。紹介しよう。

2.なんでだろ〜なんでだろ〜なんで私のブログが見れないの?



井筒監督は奈良県の出身で歳は私よりひとつ下。「アホか、お前ら!※徳間書店」はおもろい本である。やはり私のような感性を持っている人が居たのだ。

ちょい前のことなんけど、女優の奈美悦ちゃん(奈美悦子)にいきなり聞かれたんよ。「ねえ監督、あのコらっておもしろいん?わたしの周りはみんな『おもろいおもろい』って言うんだけど、私、全然笑われへんのよ。時代遅れなんかなぁ?」
「悦ちゃん、何ゆうてまんの。あんなん、ちっともオモロイことあるかいな。おれも全然笑われへんよ」中略
せっかく「なんでだろ〜」ゆうて疑問投げかけてるんやったら、今の時代、もっと重要なクエスチョンがあるはずや。ところが、実際は何の疑問も持ってへんから、取り上げようがないんやろなぁ。そういう意味では、わかるわかる。だからウケてんねん。ボーっと浅はかでウソだらけのドラマ見てるのと、脳ミソの使用頻度は同じレベルやもんね。

そう言えばもう最近ほとんど見ませんが私もずっと同じように感じていました。その後の「ギター侍」とか「ホ〜ッ!」って(名前忘れた)とか全然おもしろくなかったのです。よゐこ濱口はおもろいので今でも好きです。大御所では桂三枝さんが好きで「新婚さんいらっしゃい!」は今でも楽しみにしています。私自身、生粋の関西人ですからやはり関西の芸人さんが合うかというとそうでもありません。

”さんまって、ホンマにオモロイんか?”多分、日本国中に、そう思って考え込んでる人が、1200万人はいると思うけど、正直、さっぱりわからんすわ。オモロくないのかどうかもよ〜わからん。少なくともオレらが皆目笑われへんことは確かなんやけど。中略
まあ、しいて彼の芸っちゅうか才能っちゅうか、何かしらを考えた場合、ハッキリ言えることは1つ。”笑いの捏造者”ゆうことやね。その証拠にヤツの番組見てみぃ。どれもこれも話ベタなゲストにしょ〜もないことしゃべらせて、「ヒャーヒャッヒャッ」ゆうて、スタジオの床叩いて大笑いしとるだけやもんな。


別に難しい表現ではないのですが、ず〜っと私が感じていたことを書いていただけ、私が決して変人ではないことが解り、安心したのです。あんな芸だったら大阪出身の美人女優である沢口靖子さんのキンチョーのCMの方がよっぽどオモロイんです。

Power To The People!諦めることなく安倍・石原をぶっ跳ばせ!でご紹介した鐸木能光さんのアンガジェのようにひょっとしたらお笑いの世界にさえ情報操作が浸透しているのかもしれない。

実は私が最近、フィルタリング規制について問題にしている某所のインターネットコーナーの隣に実はノートパソコン持ち込みのコーナーがあるのですが、無線LANでインターネットに接続できます。こちらは一切規制がされていません。5月7日には次の寮に移動することが決まったのですが、それまでは毎日通うことになりそうです。まさに「年収0円時代」にふさわしいスポットです。※NTTがHOTSPOTという無線LAN事業をやっているのを知ったのですが残念ながらクレジットカードを持っていない私には使えないのです。WebMoneyくらい使えるようにすればいいのにね。やはりNTTは「親方日の丸」体質から抜けていないようです。

3.B級グルメに舌づつみ!たこ焼き食べたい♪


話は変わって大阪関連ということで「たこ焼き」の話です。私は粉物大好き人間で共有別荘である千葉県にある「くりもとミレニアムシティ」の管理人をしていた時はお金を頂いて「たこ焼き」「明石焼き」「大阪名物イカ焼き」などを提供していました。明石焼きは東京にもあるのですが「大阪名物イカ焼き」などは知らない人がほとんどで随分、喜ばれたものです。そういう私が「眼からウロコ」の思いで見たのがつい先日放送された「試してガッテン」でした。※あの〜携帯電話でNHKテレビを見た場合の視聴料はどうなっているんでしょうかねぇ?

私が実践してきたたこ焼きの決め手は昆布とかつお節できちんとだしを取り、そのだしで小麦粉をとぐことなのです。

学生たちが作った素人のものとプロが作ったものを水の中に入れますと学生が作ったものは沈んでしまうのに対して、プロの作ったものはなんと浮くのです。プロが作ったものは一度に返そうとせず半分返して焼き、更に半分返すという焼き方をしていました。これはネイティブ大阪人の私も知らなかったことです。それともうひとつの必殺ワザ。これは焼く前に生地をボールごと氷水につけて冷やすということなのです。そうすることでグルテンの塊のない、表面がカリっとしていて中がとろけるおいしいたこ焼きができるとのことでした。早くやりたいものです。ちなみに関東だとたこやきにはソースや場合によってはマヨネーズなども塗るのがあたりまえだと思いますが、大阪の本当においしいたこやきは何もつけません。最初からだしやしょうゆの味がついていますのでそれだけで充分なのです。つまみとしてにぎり寿司についてくるガリをつまみながら食べるのです。※新宿西口のヨドバシカメラの近くにもあります。

明石焼きはたこやきのルーツで江戸時代からの歴史をもっています。地元である兵庫県明石市では「たまごやき」と言われるようにたまごをふんだんに使っています。たこ焼きのように鉄板ではなく、銅板で焼きます。たこ焼きよりも楕平ですこし大きく、それを三つ葉の入ったおだしにつけて食べます。関東ではたこやきというと子供のものというイメージがあるかもしれませんが関西ではビールのつまみとして食べるケースが多いのです。特にビールを飲みながらの明石焼きはとてもおいしいのです。17歳のときに大阪の梅田で食べたのが最初でしたが、やはり本場、明石で食べるのがおいしいです。ちなみに一番有名なのはきむらやさん。残念ながらまだ食べたことはありません。東京だと新宿の小田急ハルクの地下2階にありますが、ここのだったら私が作る方がおいしいです。柔らかで、なおかつ形もきれいに整えるという二律背反する課題をクリアーするのはなかなか難しいのです。室温と生地の温度とのバランスにルールがあるように思います。

B級グルメと言えば大阪駅前の阪神百貨店の地下立ち食いコーナーがメニュー豊富で凄いのですが向かいの老舗の阪急百貨店の食品売り場も凄いのです。阪急グループは宝塚歌劇団を擁していてハイイメージなのですが実際には大衆商法に徹しています。戦前にはソーライスと言ってライスにソースをかけて食べるメニューがあって貧乏学生に人気があったとのことです。その伝統か地下の食品売り場では大阪のちょっとハイカラなおばちゃんたち相手に試食コーナーがたくさんあります。さて有楽町ではいかがでしょうか?

4.「座り読み歓迎!」の本屋さん



青木雄二さんの「ナニワ金融道」はなかなか読み応えのある漫画であった。その青木さんの本は図書館でもすごくたくさん所蔵されているのだが「年収0円時代の・・」という本があり、よく見たら遺言と書いてある。ということはひょっとしたらほとんどゴーストライターが書いていたのかもしれない。そら大家とおんなじで楽して儲かりまんな。

東京や大阪で紀伊国屋書店を知らない人はいないと思いますが、「ジュンク堂」という本屋を知らない人は多いと思います。先日、「なぜ人はジュンク堂書店に集まるのか」渡辺満著という本を図書館で借りてざっと読んだので紹介させていただきます。

私は11年間、内外の小売店の多くを調査、診断、経営指導してきた関係でお店を見るだけでいろんなことがわかります。経営者の性格まである程度わかります。ですから飲食店でおいしいところを見つけるのは得意です。伸びるお店もなんとなくわかります。ジュンク堂書店が最初のお店を出したのは1976年で神戸三宮の一等地でした。わざわざ大阪まで行かなくても揃う、専門店を目指してオープンしたのです。つづいて1982年にJR三宮駅の近くのサンパル店、1988年に競合ひしめく京都に、1994年には神戸の西隣の明石に出店しています。私が神戸に住み始めたのは1984年頃でしたが、もうその頃では押しも押されぬ一番店でした。私は某大学生協で書籍部の店長をしていたことがあって書籍流通の仕組みも解っているのですが、ジュンク堂の棚構成は素晴らしいと思っていました。その11年後、あの阪神大震災で大きな被害を受け、縮小営業を余儀なくされたのです。しかし、翌1995年には大分(1月)、姫路(5月)、鹿児島(12月)と次々に出店し、専門書店を待ち望んでいた地方都市の方に歓迎されたといいます。大阪の難波にもその頃、出店され、大きな新聞広告も見たことがあるのですがどういうわけか本の中では紹介されていませんでした。その新聞広告では「座り読み歓迎!」の文字が大きく目立っていたのをはっきりと覚えています。専門書は厚くて重いですから立ち読みは疲れるというところに眼をつけられたのです。さすがです。おそらくそれは表面にだけ見える特徴で、表面化では業界に先駆けたシステム化がなされることで同業他社に差を開けたのだと思います。その結果、1997年8月についに池袋東口に出店、その後、仙台、大阪天満橋、大阪堂島、広島、大宮、西宮、博多と怒濤の勢いで全国展開を図り、2001年には池袋店を2,000坪に増床し、日本最大の書店としています。※残念ながら池袋では椅子だけでテーブルはありません。それと土日はすぐに埋まってしまいます。平日の利用をおすすめします。西武ロフト館から明治通りを南に200m行った左手にあります。→新宿の紀伊国屋書店前の三越アルコットの6〜8Fにもできています。

「美しい国」というメッキはもはやボロボロ=修復不能だ!

2007-04-24 10:11

1.「もぐら叩き」状態の安倍疑惑



長崎市長殺害事件について朝ましい新聞の社説に「ホニャララをのさばらせるな!」というものがあった。またまた鐸木能光さんの「黒い林檎」という小説を偶然にも読んでいた時であり、その立派なジャーナリスト宣言に感心させられた。自民党の議員までが「民主主義を守れ!」などとほざいている。そもそも守るべき民主主義などがこの国にあったというのか?小泉以前には少しは存在していたのかもしれない。しかしそんなものは影もなく消え去ろうとしている。「朝ましい新聞」と「朝ズバのもんた」に共通しているのは正義を唱えるポーズをしながら体制の悪業を擁護している点である。

生態系の食物連鎖ピラミッドと同じように、人間の社会の中にも弱肉強食の階層が存在します。その階層を単純化すれば、利用する人間と利用される人間に分けられるのです。

人間は経済行為を営む生き物ですが、この経済というゲームを支配する少数エリートだけが、『利用する』人間の頂点に立てます。

例えば、現代の戦争は立派な経済行為です。武器弾薬の在庫一掃、新兵器の開発、人口調整など、求められる結果のために人為的に起こされる経済行為です。例えば、地雷を作って儲ける者は、その地雷で足を失った人間の義足も作り、二度利益を得られます。

戦争を都合のよい割合で生み出すためには、国家間の緊張や疲弊、人種間の遺恨など、いろいろな要素をシュミレートしなければなりません。このシュミレーション・ゲームをするだけの権力、経済力、知力を持つ賢人だけが、戦争で死ぬ、つまり消費される人間を利用する側に立てます。利用する側の賢人と、される側の大衆とでは、生物学的には同じでも、社会的な存在としてはまったく別物です。賢人にとって、大多数の利用される人間は家畜と同じです。資源であり、労働力にすぎません。ただ、そう公言してしまうと、ゲームが円滑に運ばないので、表向きには、人類はみな平等などという大嘘をついているだけです。


利用する人間はたびたび自らの大嘘をごまかすためにとんでもない輩を利用する。彼らは「必要・必然」なので長い歴史を生き延びてこれたのだ。ネットの無かった頃であればこういう事件に対して「民主主義を守れ!」と言っていればどうにか馬鹿な国民を騙せることができたのでしょうが、今や賢明なネット市民は如何に体制というものが罪深い人たちによって支えられていることを知ってしまっているので、それらの従来どおりの主張には怪しさや朝ましさを感じざるを得ないのです。あまり火消しにおおわらわになると却ってその悪行を天下に知らしめることになっているということに対して、あまりにも無自覚なのではないでしょうか?見苦しい「おちょぼり」はいい加減辞めた方が良いと思うのですが、まだまだこんな「おちょぼり」に騙される国民も多いのでもっともっと「おちょぼ」っていただきたいものです。※「おちょぼり」はきっこちゃんの造語ですが私はその言葉に安倍を「おちょくる=馬鹿にしつつ揶揄する」という大阪弁的ニュアンスをも含ませてみました。

今回の統一地方選挙の結果に対して「読み朝る毎」などの大政翼賛&白痴化新聞(ゴミと言うような無害なものでは断じてない!)は「一勝一敗」などと参院補選のみの楽観的な総括で体制をよいしょしているが、地方議会においては、自民(減)、公明(増)、民主(増)、共産(増)というのが実態で与党は焦っているように思える。勝っていたらきちんとデータで示すでしょう。負けているのが見え見えなのでデータ化しないのだ。沖縄では前回の知事選の時と同じ不正疑惑がもたれている。まさにナンミョーの「断末魔の悪あがき」というのが正直なところではないか?なにが「生活者の視点」に立ってだ!なにが「台所から政治」だ!生活者の生活を破壊しているのは自公政権そのものではないか!庶民の台所を破壊し、憲法改悪のための「国民投票法案」をごり押ししようとしているのは誰なのか?いくら沖縄の経済が低迷しているからと言ってこんなふざけた言葉に騙される人間が「うちなんちゅう」に本当に居るとはとても思えないのだ!沖縄の怨霊に対する冒涜は必ずや大きなうねりで彼らを集団自決に追い込むだろう!

※関連記事 きっこのブログ「安晋会と水心会
      反戦な家づくり 「やはり! 安倍晋三と長崎事件の接点
      情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士 「やはり…おかしい?!沖縄参院補選の期日前投票はアップ、全体の投票率はダウン?!

2.安倍レジーム(安倍独裁体制)の大嘘に騙されるな!



『再度、問う!「再チャレンジ」という言葉の嘘!』にresume=回帰と書いたが、これは私の既に通信できない携帯電話の英和辞典で調べたものであり間違いでした。村野瀬玲奈の秘書課広報室 | 「私たちは現日本政府による日本の体制変更(レジームチェンジ)に反対します」によるとレジームregimeは政体(政治体制)を意味するという。ですから「戦後レジームからの脱却」とは「戦後政治体制からの脱却」であり、それはまさに「戦後民主主義への訣別」というのが妥当な翻訳だと思う。それを何故、「戦後レジュームからの脱却」などというほとんどの人が知らないカタカナ英語を使って表現したのか?答えは簡単で「戦後民主主義への訣別」などと言ってしまえば安倍晋三の危険な正体が国民の知るところになってしまうので訳の解らないカタカナ英語でお茶を濁しているのである。民主主義の国が「政体変革」するなどということは本来あり得ないことであり、あり得ないが故に変なカタカナ英語でその本質を誤魔化しているのだ。民主主義が生きている国であればそれを変革するということは不可能であり、クーデターでも起こさない限りできるものではない。こんなふざけた言葉に誰も異を唱えず、言葉が独り歩きをしているということは既にクーデターの第一弾は成功していると言えるのだろう。普通に考えると「レジームってどういう意味ですか?」というような質問がテレビに出てきても不思議ではないのですが、暗黙の通達がなされているのかそんな質問はどこからも出てこないのです。「今さら聞けない」誰もが知っている言葉などでは決してないのですが、どうもそう思わせることに成功しているのでしょうか。

私には安倍があのおちょぼ口でまともな英語を話せるとはとても思えません。私のパソコンで使っている日本語変換プログラムATOK16(※注 日本語ワープロソフト「一太郎」で有名なジャストシステムのソフト。エイトックと読む。)はニューヨークと打ってF4キーを押すとNew Yorkと変換されるが、さすがにエグゼンプションは無理でした。※レジームはregimeと変換されました。ちなみにウィンドウズに最初から付いている日本語変換プログラムMS-IMEにはこんな機能はないでしょう。どうせVISTAになってもこういう基本的なところがまるで駄目なのが自民党とよく似ているところなのです。今までの日本語にはなかった考えや事象を表すのに英語を使わざるを得ないことがあるのは理解できるが日本語で簡単に表現できる言葉をわざわざ誰も知らないカタカナ英語を持ち出してきて思考停止させようとしているのが見え見えなのだ。「残業代不払い法案」と言えばその本質が簡単に解ってまずいのでエグゼンプションなどというカタカナ英語で煙に巻いているのである。まだ下手な英語で下手なプレスリーの歌を歌っていた小泉の方が良心的(笑)であったように思う。
※関連記事【仮説】カタカナ英語はアメリカの陰謀?
カタカナ英語は日本人からまともな思考力を奪ってしまうために本国から植民地奴隷に押しつけられた屈辱的な言葉である。例えばロサンジェルス(L.A)のことをロス(Loss=損失)などと平気で言える人間は日本人の魂を失った売国奴隷である。

私も偽安倍に挑戦して「おちょぼ」ってみました。

戦後レジームからの脱却」という意味はですね、アメリカによって押しつけられた憲法による呪縛から自由を勝ち取り、真に世界に貢献できる「美しい国、日本」を目指す私のチャレンジ精神を表現したものであります。また一部に「エグゼンプションexemption」を「(残業代の)不払い」などと誤解されている方々がおられますが、「エグゼンプション」というのは「免除」という意味でございまして「美しい国、日本」のために夜遅くまで頑張っていただいているホワイトカラーの皆様については国としてなんらかの「免除」でもってその功に報うべきだという想いで法整備を準備しているものであります。こういう素晴らしい言葉が国民の皆様にあまねく浸透するよう政府のイノベーションinovationを華徹に進めて参る所存でございますので皆様方の更なるご支持をお願いするものであります。



3.「脱戦争論」を読んで


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「戦争論」とは小林よしのりによる戦争賛美漫画である。図書館で初めて中を見た。とてもあんなものを読む気にはなれなかったが、その漫画を批判した「脱戦争論〜小林よしのりとの裁判を経て」上杉聰編著 東方出版を読んだ。結論から言うといくら小林よしのりが屁理屈に長けていたとしても「間違っていた戦争」を「正しかった戦争」と証明することはできないということである。こういうことを書こうとする人間、それを読もうとする人間はすでに心の部分が重く病んでおり、自分たちの気分を代弁してくれるものであればこの程度のレトリック(rhetoric=美辞麗句)で簡単に騙せてしまうのだろう。「南京事件は断じてなかった」という意見に対して「南京事件は断じてあった」ときちんと反論できる知識はなかったのですが、これを読んであまりにも単純な発想で「断じてなかった」などと言っていることが解り、正直気が抜けてしまいました。南京市全体は200万人もの人が居たということです。まあたしかに30万人は多すぎるような気もしますがだからと言って「断じてなかった」などということはどう考えても自然ではありません。小林よしのりの特徴をまとめますと・・

1.論理に乏しい屁理屈を情動的な怨霊そのものと言える絵で正当化し、論理的検証をしない読者を煽っていること。→どんな嘘でも、百回繰り返せば騙されるヤツがいる!

2.自らの病的な心で自分の名前を「善の模範」だと納得させ、そのどす黒い怨念を正義だと思い込ませていること。

3.一般人の無知につけ込み、法的に認められた「引用」を「著作権違反」だと破廉恥にも主張していること。

4.彼らがいくら「郷土のために命を捨てた」「公のためにあえて個を捨てた」などと英霊を賛辞しようとも、彼ら自身は街宣車で限りなく下品に騒ぎ立てる似非右翼と本質的に同根で、「貨幣」という資本主義的絶対君主に魂を売っている奴隷にしかすぎないということ。

それにしても「ぬぬぬ?」さんの記事が気になるのです。

人の人生も生命も弄ぶが如き、安倍晋三のやり口
随所に噂されている長崎市長暗殺の首謀者って言うのは一体誰よ?

6月末まではどんなことがあっても帰ってこない横田めぐみ
7月に横田代表が「隠居」に入ったら、「お預け」解除。ヨシっ! ワンワンハフハフ
メディア一斉入れ喰い状態、毎日公共の電波ジャック
「事件」ですから、「偶発」ですから。
参議院選挙は一切関係ありませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ。

「安倍晋三体制」と「金正日体制」をセットで崩壊させたら、
きっと拉致被害者もみんな無事に帰ってきて、
日本の家族も、
北朝鮮の一般国民も、
そして日本の国民も
みんなみんなで幸せになれるんだろうな


4.お知らせ


台東区の「生涯学習センター」のインターネットコーナーにおけるアクセス規制は「フィルタリングソフト InterSafe」を使っている模様です。

京大法学部2回生のみなこちゃんからのニュースです。

2007年5月3日(木・憲法記念日)22:54〜
TBS「筑紫哲也NEWS23

ぜひご家族やお知り合いと見てみてください!感想もお聞かせください!

みなこ新聞社 和賀南海子





徒然なるままに・・・

2007-04-17 15:27
今は4月14日、午後8時40分。ここの夜はとても長い。夕食は5時30分なので10時の消灯までは4時間以上もある。インターネットに接続できれば4時間くらいはすぐに過ぎるし、お酒を飲めば時間の流れはもっと速くなる。普段はほとんど手書きで文章は書かないのだが、キーボードを叩くのを遠慮して手書きで書いている。どうせあとでキーボードで入力するのでもう自分だけが読むことができれば良いというぐちゃぐちゃな字である。部屋の温度は25度、少し暑さを感じる。娯楽室には大型のテレビが一台あり、誰がチャンネル選択の主導権を握っているかよくわからないが、チャンネル争いは見たことがない。おおよそ暗黙の多数決で決まっているようである。私のベッドでは携帯電話でテレビを見ることが出来るのだがNHKとフジテレビ以外はきれいに写らない。一応、9時のNHKニュースを見てから寝ようと思っている。

都知事選で石原の三選が決まって5日目、昨日は国民投票法案が衆議院の特別委員会で強行採決され、今日はなんの混乱もなく本会議を通過した。なにやら日ごとに酸素の量が少なくなり、息が苦しいような感覚がある。私にとっては明らかに外の世界は変化しているのだが、周りの人たちはほとんどその変化に気づいていない。テレビは益々、偏り、週刊誌はその牙を抜かれてしまっている。国際弁護士なる例の人が今頃、「立法不作為」なんてことを言っている。女性は権威に弱いからこの一言だけで騙されるのでしょう。参院選の予想は自民党に厳しいものとなっているが果たしてどこまで予想が当たることか?横田めぐみさんのことが気になる。

9時のNHKニュースの酷さには本当に愕然とさせられる。公務員の天下り問題や生命保険の未払いの問題、恩家宝の関西訪問が国民投票法案の衆議員通過より優先して伝えられる。コメントは自民党と民主党のみである。共産党や社民党のコメントを紹介していた7時のニュースの方がかなりましと言える。

こうしてここで書いたことをインターネットにアップできているのはカンパのおかげなのですが漫画喫茶では時間(=お金)が気になり頂いたコメントにお返事ができていなかったのでここでお返事させていただきます。

☆美爾依さん

私がこんな状態になってしまったことをこういう場で細かく説明する気にはなれませんがこの経験は私にとって意義が大きいものであると思っています。将来に不安がないと言えば嘘になりますがそれほど深刻には感じていません。とにかく夏までには都内に自分の居場所を確保したいと願っています。誰に投票しても同じではなく、国会における野党が強く、財政状況も悪くない区が住みよいと思っています。

某区におけるアクセス規制の件ですがおそらく某区だけのことではなく、全国の地方自治体で少なからず行われているのではないかと思っています。特に区議会や市議会で自公の強いところはそうなっていると思います。ですから何人かのメールで止めるとは思えません。憲法改悪阻止の運動の一環としてじっくり取り組む必要があると私は考えています。

☆喜八さん

鐸木さんとオフ会をしたいです。その機会に喜八さんにもお目にかかりたいものです。鐸木さんのギターのテクニックも生で拝見したいです。私も凝り性ですがQTClipの背景まで色を変えてしまう鐸木さんの凝り性度には頭が下がります。

☆非戦さん

昨日、ついに血圧が正常値に入りました。毎日、ジョギングをしているのが良いようです。アーユルヴェーダで奨めているごま油によるオイルマッサージができればもっと元気になれるのですが。。。

ここは某区から来た人は歯医者に行かしてもらえなかったりするのですが、私の場合は血圧がちょっと高かったということで延長させられてしまうかも知れません。早ければ今月中、遅ければ連休明けに次ぎのステップに行くことになると思います。Mさんはここの期限の限界を4日ほど過ぎていたのですが昨日、ここを巣立って行きました。ちょっと寂しいです。

※医師の診断で「薬服用で通常勤務OK!」という診断をいただきました。歯の治療も確実に進行しています。ここまで書いたままで既に4日が経ってしまいました。既に残金が乏しかったためアップできなかったのです。13日にカンパをいただきやっとアップできました。ありがとうございました。5・3の集会には必ずでます!



国民投票法案の衆院本会議採決を弾劾する!

2007-04-13 15:51
一昨日は昼間眠くてうとうとしている時間が長かった。晴耕雨読という言葉があるが自然の多いところに居ると雨の日は眠くなることがよくあり、とても雨読とまでいかない。おそらく好転反応とかストレス解消ということが身体の中で起こっているのだろう。おとといは月面着陸のことを書いたのだがついでにマイケル・パイパーという人が書いて太田龍さんが監訳している「ケネディとユダヤの秘密戦争」成甲書房という本を読んでそのことについて書こうと思ったのだが370ページもの大著を細かく読むだけの気力が無く、まだ横に置いたままである。こういう本を読むにはA3くらいの大きさの白紙を置いて人物や組織についての関係図を書きながら読んでいかないととても読解できるものではないことを思い知らされた。なんと驚くことにケネディが暗殺されてから20年の間にその関連で103人もの人が死んでいるということなのだ。

昨日の朝は毎日新聞にざっと目を通したのだが読む気になる記事は何も無かった。6年ぶりに中国の首脳が訪日しようが、そんなことはとるに足らない政治ショーだと思っていたのだが夜7時のNHKニュースを見てそれが国民投票法案の衆議院憲法調査特別委員会での採決の目くらましであったことを確信した。やはりやられてしまった!悔しさがこみあげる。メジャーでのイチローと松坂の初顔合わせというのも目くらまし臭い。民主党の修正協議に与党が応じなかった云々ばかり問題にされていたがそもそも国民投票法案が何であるか、どんな問題を抱えたものかが解っていない国民がほとんどであり、民主党の修正協議云々など言ってみても誰も解らないのだ。海外のニュースと同じようなもので「解る人には解るのだろうけど俺にはさっぱりわかんねぇ〜!」というような声が聞こえて来そうである。憲法調査特別委員会のメンバーの中で数少ない護憲派を代表する社民党の辻元清美さんがそのよく通る声で「言語同断!怒り心頭!」と警告を発しても今の政治情勢を解っていない人にとっては「馬の耳に念仏」、昨日の採決がどれだけ大きな事件であるかはまったく解らないのだと思う。だいたい憲法調査特別委員会の与党側委員なんて去年から居眠りや退席ばかり繰り返していた学校で言えば崩壊学級の不良生徒のような存在だったのだ。そもそも権力の蜜に誘われて国会議員にさせてもらった小泉チルドレンごときには憲法のなんたるかさえ解っていないのだ。さぞかしそれらの議員は便秘が治ったかのようにすっきりしていることだと思う。でも中山太郎委員長を始め与党委員は確実に地獄行きの切符を手にされたことと私は確信しているのです。筑紫哲也のニュース番組でも3番目の扱い、フランスの事例を出してみてもしかたがないだろう。まあ日弁連の先生が出ていたことが救いだった。あれあれよく見れば元NHKの膳場貴子さんがキャスターを務めていました。しかしいつ見てもおきれいですね。関係ないか。^^; と思いきやまたまた拉致の話。渡辺秀子さんという方のお子さんがふたり。何で今頃そんな話が出てくるのだろうか?少し前には松本京子さんが教育基本法改悪に対する目くらましとして使われた。まあよく小出しにしてくれるものである。今日はは何が飛び出すことやら?「ぬぬぬ?」さんところにあった「横田めぐみさんの帰国」なんてことが周到に用意されているのかもしれない。

結果を受け入れざるを得ない民主主義の弱点攻撃 【3】 @「横田めぐみが帰ってくる」衆院解散同日選挙と"安倍改憲翼賛体制"の確立(小泉郵政議席の呪縛)より引用

支持率低下の一途の安倍政権のどこにそんな力があるのか?
隠し球は「横田めぐみの選挙前帰国」だそうだ
6ヶ国協議の日本不在の進行は多くの国民に拉致問題置き去りへの失望感、安倍政権への不信感を増大させる

一部アングラサイトが盛んに流している情報によると、米朝間で「横田めぐみの」返還は話がついたと言う
金一家の日本語教師であり金王朝後継者含めた一族に「母のように慕われる」横田めぐみは政府高官と同等の地位待遇にいるのだそうだ
すでに帰国準備のため秘密裏に北朝鮮を離れてヨーロッパ某所に保護?されて引渡しの効果的なタイミングを見計らっていると言う。




私は共産党などは高校生の頃より信用していない。反日共系の組織に属していたこともあるがこの間の選挙戦における対応や共謀罪に対する姿勢を見ていてもまったく信用できる党ではないと思っている。最初から負けることが誰の目にも明らかな選挙区で敢えて二番目の野党候補を擁立することにどんな意味があるのか?はっきり言って自公の援護射撃としか言えないのではないか?愛知知事選、東京都知事選もまったく同じ構造である。「平和への結集」がどう働きかけようがまったく聞く耳のない党なのだ。戦前の治安維持法にさんざん苦しめられた経験を持ちながら共謀罪に対して全党を挙げた闘いを挑まないのか、憲法9条を守るために国民投票法案を阻止する運動を展開しなかったのか?もう怪しいとしか言いようがない。40万人もの党員を抱えながら何もできない党とは何なのか?元幹部でありながら党を追われた筆坂秀世氏の「日本共産党」という本も横にあるがどうも決定的なことは何も書いていないようである。多くの護憲団体もそのホームページから察するに既に白旗を揚げているような状態であることを以前に指摘したがものの見事に私の勘が当たってしまった。そんなアリバイ工作だけしているような団体はただちに解散して欲しい。3年先とやらの投票日まで「偽の護憲」を標榜できると思わないで欲しい。

NASAさん いつになったら月旅行に行けるのですか?

2007-04-10 14:28

1.「月面着陸」は大嘘だった!


rocket.jpg2005年9月16日のこのブログで「人類着陸はなかった?」という記事を書いた。そこで紹介した副島隆彦さんの「人類の月面着陸は無かったろう論」を今読んでいる。これがもうどえりゃ〜おもしろい本である。アメリカという戦後世界に君臨する大国の政府が全世界の人々に対して「歴史を捏造した」大犯罪を告発する本である。

1969年7月16日にアメリカの宇宙ロケットアポロ11号が人類初の月面着陸をしたと報道され、世界中が大騒ぎとなった。あれから既に38年の年月が流れた。私はこのことがずっと不思議でならなかった。もし月面着陸が本当だったとしたらもうそろそろ民間人の月旅行くらいあってもなんの不思議でもないのに未だそういう話が無いのはどういう訳なのだろうかと。それがこの本を読んで知ったことなのだが1969年7月から1972年12月までの3年半の間に、計6回の月着陸を行い、12人の飛行士が月面に降り立ったということなのである。

アメリカという国は建国以来ヤラセの得意な国である。真珠湾のそれ、911のそれ・・・。もう多くの人が告発し、そのヤラセぶりが多くの人に知られつつある。私は真の意味でのインテリ度=知的レベルを測定するのに、911ほど適切な事件は無いと思っている。いくら有名大学を卒業したエリートと言われる人であっても、911がテロリストによるテロと理解しているとしたらその人の知的レベルは小学生並としか言えないと思う。ただ真珠湾にしても911にしてもそれが実際に起こったことを誰も疑うことはできないだろう。だが月面着陸を現地で実際に目で確認した人は誰もいないのである。911に関してはリチャード・コシミズ氏の「純粋水爆」説がもっともリアリティを感じさせる。確かに氏が指摘されているように政府はかなりのドジを踏んだように思う。しかし月面着陸について副島氏の本を読むとドジどころかあまりもの嘘の演出の稚拙さに同情すら感じてしまう。当時の当事者たちは今、嘘をついても何年か後に月面着陸に成功さえすればその嘘も誤魔化せると思っていたのではないだろうか?ところがだ!3年半の間に6回も成功したとされているにも関わらず、38年経った今でさえまだ本当らしい月面着陸のニュースはないのである。まともな知性を持っている人であればこのことを怪しいと感じて当たり前なのだ。

かつて立花隆の「宇宙からの帰還」という本が話題になった。そこで多くの飛行士が宇宙飛行の後に精神に異常をきたした事実が記されている。「地球や宇宙のあまりの美しさに感動し、それを神からの啓示ととらえたから」ということであるものは伝道師になったということである。副島氏によると立花氏はNASAの宣伝係であることがはっきりしつつあるということである。副島氏が言うには飛行士が精神異常をきたした本当の理由は「まさに歴史を捏造するというその悪事の大きさに耐えかね精神異常になった」ということである。こちらの方がよほどリアリティに富んでいると思う。

2.四つの疑問



副島氏は「月面着陸」が捏造であるという根拠として以下の四つの疑問を挙げている。

一つ目は、前述した「月面(ということになっている。NASAがネバダ州の砂漠のスタジオで撮影したものとロンドンのシェパートン・スタジオでスタンリー・キューブリック監督が撮影したものの両方からなる)で飛行士たちが飛び跳ねているあの映像」である。
あの月の丘(向こうに見えるなだらかな二つの山)の景色が、どれも全部同じだ。6回それぞれ別の場所に降り立ったことになっているのに、このことをどう説明するのだ。P110
二つ目は、もう一度、月に行ってこいである。「あれから35年もたったのだから、もう一度月に、行ってきなさいよ。簡単なことだろ?」である。「もう一度、月面着陸をやってみせてくれ」という私からの要求である。そうすると、それに対して「行く理由がないのです」とか「月の資源の調査はあの時に終わりました」とか、「費用がものすごくかかる(250億ドル、約3兆円!)のです」というような、おかしな「もう行かなくてもいい理論」を、私への反論者たちは必死で言い募った。これも実におかしな態度である。P112

それから三つ目、さっさと月面を細かく写しなさい。写せないわけがない、ということを私はこれからも徹底的に力説し続ける。ハッブル宇宙望遠鏡で写しているはずの大量の月面の、無人で月面に打ち込んだアポロ各号の残骸の精緻な写真を公表せよ。35年間もたっているのに、まだ「軍事機密だから発表できない」などと言うのか。私が、この間、調べて分かったことは、驚くべきことに月面を着地点から撮った写真は一枚もない。P116

私の主張点の残りのひとつ、即ち、四つ目は、再度前述したことに含まれる、月面へのロケットの軟着陸の困難性である。中略

私たちは、普通ロケットの軟着陸というと、たて型の棒状のロケットが逆噴射をしながら、少しずつ噴射口からの推進エネルギーを落としながら静かに着陸するものだと勝手に思い込んでいる。しかし、あれはアニメの「鉄腕アトム」の世界のことであって現実にはできない。中略

そして、さらには、その月面の着陸地点からの再発射という、軟着陸よりもさらにさらに何倍も困難である仕事の不可能性である。そしてさらには、再発射した着陸船をそれを月の上空の軌道上で司令船とドッキングさせることの大変さだ。P127

もうアメリカが正義の国ではないと感じている人であればこれだけの指摘だけで充分ではないだろうか?加えて言うと宇宙遊泳のシーンが撮られているのは地上からわずか250Kmの大気圏内でしかないのだ。そこから月まではなんと40万キロメートルの距離があるという。おまけにヴァンアレン帯という強い放射能の帯が地表から3,000〜4,000Kmのところと2万Kmのところにふたつ存在する。要は有人宇宙飛行とは言っても地球のごくごく表面をぐるぐる回っていたのに等しいのだ。ヴァンアレン帯という危険な壁を突き抜けてその外へ有人で行くということには決して成功していなかったのである。

3.大嘘つきの支配者よ!反動を覚悟しろ!



それに比べて、総じて”いいところの坊ちゃん”である勉強秀才の理科系エリートたちは、少年時代から、「科学と学習」(学研)や「ニュートン」(ニュートンプレス)を買ってもらって読みふけり、あるいは学研の「科学実験セット(キット)」を買い与えられて熱中し、”宇宙への夢”を育んだ人々だ。この人々ほどアメリカ科学(という名の)宗教を信仰し続けている。私は彼らの脳に打撃を与えようと思う。P291


彼らは自分ではエリートだと思っていても、私のような門外漢がおかしいと思うことをさも真理で事実だったことを支持しないことには今の地位を維持することが困難なのだ。なんたる哀れなことであろうか?少年の時代に育んだ宇宙への夢が巨悪の権力によって踏みにじられてしまっているのだ。いくら彼らがあがこうが月に行ったということを証明できるものは何もないのが悲しい実態なのだ。

この本の中で最高におもしろい所はブッシュ大統領自身が暗に人類の月面着陸はなかったことをほのめかしている所である。

この中国への有人宇宙船成功の動きに反応して、アメリカのブッシュ大統領が、2003年12月5日に「再びアメリカは人類を月面に送る計画」を発表した。このブッシュの「有人月計画」は、私の読んだ記事には、「今後20年から30年を視野に入れた月への有人飛行再開計画」とあって笑ってしまった。P267


ははは、既に38年前に成功したとされることがなんと後、20年から30年くらいかかってやっと実現可能だと白状しているのだ。これこそまさに滑稽の極みというものであろう。

まもなく「国民投票法案」という民主主義を装った憲法改悪準備法が衆議院を通過しようとしている。既存の野党はまったく何の運動も作れていない。護憲団体のほとんども同じような状況である。既に65歳以上になられている60年安保闘争の先輩諸氏が国会前で唯一ハンストで闘われている。今のままではすんなりと通ってしまうだろう。腹がたつがこれがこの日本の今の情けない状況だ。でもこんな大嘘つきのアメリカ・日本の政府にこの地球の未来を委ねるわけにはいかない。深い闇は夜明けの前だと思う。私は決して諦めない。
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Power To The People!諦めることなく安倍・石原をぶっ跳ばせ!

2007-04-09 14:15

1.音楽による情報操作が右傾化の要?



globe.jpg私は普段は小説をあまり読まない。美術的な感性がまるでだめなので風景描写だとか心理描写を読むのが退屈なのだ。ただネットで知り合った鐸木能光(たくきよしみつ)さんの作品は例外中の例外である。「メールアカウント」の「アカウント」という言葉が本来どういう意味を持つか疑問に思い検索し、鐸木さんのサイトに遭遇することができたのです。「デジタルストレス:夫婦共有のメールアドレス」というコラムにおいて如何に夫婦でメールアドレスを共有するということが非常識なことであるかを事例を交えて書いてあった。プロフィールを読めば小説家でCDも出している音楽家で且つパソコンについての本も何冊か出しているという。まさに多羅尾伴内的なマルチアーティストである。ただし大衆受けはしない。どちらかというと私のような凝り性でマニアックな人好みである。しばらくして彼のメーリングリストに入ったのだが、その10人もいないメンバーのひとりがあの喜八さんであったのです。この文章も「ワードを捨ててエディタを使おう」という鐸木さんの本を読んでから使っているQX-Editorで書いている。ワードは普通の人よりずっとずっと本格的に使えるが普段使うことはほとんどない。というか欠陥ソフトの代表だと確信している。むしろフリーソフトであるOpenOfficeのwriterはPDFファイルが作れるのでよく利用している。QX-Editorの作者が作ったクリップボードソフトQTClipはWindows環境においてなくてはならないものだと思う。漫画喫茶などへ行くと不便でかなわないのである。(※最近はノートパソコンとLANケーブル持参で行くことが多い。既設のLANケーブルを延長させるため100円ショップで入手した継ぎ手をつけている。)

彼の小説には彼がモデルと思われるミュージシャンが主人公としてよく登場する。そしてそのミュージシャンは同時にインターネットを駆使している。このあたりは鐸木さんの独断場という感じで音楽もインターネットもマニアックに好きな私にはたまらない。探求心も常人を遥にしのぐものを持っておられる。

そう言えば平和運動をしている人には音楽家あるいは音楽マニアが非常に多い。平和省のきくちゆみさんはフルートが上手だし、ゆみさんと一緒に演奏する副代表の西宮のゆきちゃんは元大阪芸大の講師でピアノはプロである。(※知人のミュージシャンであるウォン・ウィン・ツァンさんのCDと楽譜を貸したままになっている。)ゆみさんの旦那さんの森田玄さんはアメリカンフォークグループの遺跡(笑)とも言えるキングストントリオのコピーバンドをされていて本物より上手だとの評判である。私はキングストントリオの次にデビューしたブラザースフォアにしびれてギターをもち始めた人間なのでぜひ玄さんとデュエットしたいと願っている。

イラク戦争が開戦された時、ワールドピースナウのパレードで先頭を切っていた星野ゆかさんもミュージシャンである。マイクで呼びかけている調子がすごく音楽的だと思っていたら図星でミュージシャンだった。せめて自主制作でCDを出して欲しいと願っている。彼女のだんなさんの内山隆さんもなかなか才能のある方で音楽もたっしゃである。

ZAKIさんと知り合ったのは千葉県の栗源町というところに建てられた共有別荘である「くりもとミレニアムシティ」においてであった。1ケ月に一度ワークショップがあって食事時のミニコンサートでセッションをしたものでした。まさかそれからわずか2年後に共謀罪反対の闘いで寝食をともにするようになるとは思いもよりませんでした。

昔のまともな音楽の洗礼を受けている人にとって小室ファミリーの音楽などは麻薬のようなもので本来の音楽的感動とは無縁のものであり、中毒に陥ることにより洗脳されてしまう副次的な効果を持つのではないかとずっと思っていたわけなのだが、その時に鐸木さんの「アンガジェ」を読んでますますその仮説が正しいと思えたのだ。


鐸木能光「アンガジェ」読売新聞社より引用 P192〜P195

情報操作の研究はアメリカが最も進んでいると言われているが、情報操作研究の中には、一般国民の独自の思考能力を弱める、一種のマインドコントロールの研究というものも含まれる。世界人口の増大と、環境破壊や食糧難から派生する数々のパニックの発生は、近い将来不可避になってくるであろう。そのとき、パニックを最小限度に抑え、かつ国民世論をスムーズに操作するためには、ごく少数のエリートと、そのエリートにコントロールされる大衆という構図を強化させることが不可欠である。そのためには、武力以上に、情報戦略と大衆のマインドコントロールが重要になってくる。

もともと戦争のような有事においては、物理的な戦力以上に、国民を一糸乱れず統制するマインドコントロールの方法も国家権力者にとっては重要課題となるのだが、情報時代といわれる現代においては、国民の感情や思想を短時間のうちに操作することは極めて難しい。だからこそ、日頃から大衆をマインドコントロールしやすいような土台作りが求められる。

テレビの登場により、日本人は「一億総白痴化」したと評したのは故・大宅壮一だが、文字通りの国民白痴化は、単なる暴動や生産力低下につながる。システマティックな行動には、ある程度の洗練された従順さを示させることが不可欠だ。そのための教育は最重要視され、インプットとアウトプットの一方方向性が強化された教育制度が着々と整備されていく。外部からの命令には素直に従う。従うだけの知力は備えている・・・・そうした指示待ち規格人間の養成に関しては、日本は断然世界一と言えるだろう。

一方で、創造的、独創的、懐疑的な精神活動は抑制されなければならない。これは画一的教育システムによってある程度達成されるが、そこからこぼれ落ちた若者たちや、反体制に目覚めていく一部インテリ層には効果が薄い。そうした人々をも包括した、広範囲でサブリミナルな精神改造の方法はないものか?

コントロールする側の人間は数が少ないのだから、手段として物量や手間暇を要求するようなものは不適である。極端な話、国民一人一人にロボトミー手術をするわけにはいかない。また、洗脳の意図を気づかれてしまう事態は最も避けなければならない。

中略

音が人間の精神に大きな影響力を持っていることはかなり前から分かっていた。例えば完全に無音の空間に長時間置かれた人間は、幻覚や幻聴に悩まされ始め、ついには分裂症の兆候を現す。また、別の実験の結果、従来人間には聞こえないとされていた二万ヘルツ以上の高周波が、精神安定に大きく関係しているらしいということも明らかになりつつある。同じ音楽でも、高周波をふんだんに含んだ演奏は、高周波がまったく含まれていないCD再生よりも、リスナーの脳内におけるα波の活性を促すのである。

中略

その結果、若年層の脳の、音に関する感動の傾向は見事に均一化させられた。つまり、有事の際に一部エリートたちの意志によってコントロールされるための下準備はほぼ完了した。後は、この空白の領域に、より積極的にメッセージを埋め込むことができればよい。



アメリカンフォークは公民権運動からはじまりベトナム反戦の運動に深く影響したし、ビートルズの流れもジョン・レノンが中心となってラブ&ピース→SAVE THE EARTHの運動に大きな影響を与えた。日本においても全共闘運動が盛んであった時、同時に新宿西口において連日にようにフォークゲリラがあった。このように当時の若者の音楽は反体制を象徴していたのだ。それがどうも80年代後半くらいから様子が変わってきたように思う。若者の音楽から牙や知性が抜け、無機質で音楽性とは無縁な単調な刺激だけの「いらつく」音楽が蔓延しだしたのである。

ファミリーの中のプロジェクトチームにより商業音楽が企画、制作されるときそこには既に個人の思いは無視され、バーチャルな偶像が演出される。この小説では拒食症の歌手が詩を残して死んで行くように捏造されるのだ。※ミュージシャンの死は他殺の可能性も大きいということだろう。

2.おとこたちの大和



昨日、携帯電話の小さな画面でしかもノイズで画面がちらつきながらも夜の11時20分くらいまで数年前に話題になった「おとこたちの大和」を見た。やはり想像どおりのくだらない戦争美化映画であった。従軍慰安婦の問題、集団自決の軍による強要に見られるように戦争というものは覆いがたい悲惨な結果を招くものである。故、黒沢明監督が常に追求したリアリティがこの映画にはまるで感じられない。例えば源平合戦のひとつに富士川の闘いがあった。挙兵して大軍となった頼朝を討伐すべく平氏の大軍が富士川まで進めるのだが少しの物音に怯えて一斉に飛び立った水鳥の羽音を聞いて源氏の大軍の奇襲と勘違いした平氏軍が恐怖のあまり一斉に退却してしまったのである。これはまさに人間の究極の心理というものであろう。それが味方の戦闘機の護衛も無く、片道の燃料だけを積んだ大和がいわば特攻的な出陣に際して、一丸となって死に場所を求めるであろうか?幕末には確かに白虎隊の自刃という出来事もあった。だから同じ15歳である初年兵が同じような行動をしても自然であると言えるだろうか?私には相当無理があるように思える。ましてや怪我で入院していた兵士が病院を抜け出て大和に殉じるというようなことがあったのだろうか?普通の人間ならば己の幸運を密かに喜ぶのではないだろうか?

戦艦の搭乗兵はどれだけ多くの敵の戦闘機が襲いかかろうともいわば「背水の陣」であり、逃げることができない。そのような状況の中で正常な心を保つことができるのは相当胆力を鍛え上げられた人間だけのように思える。黒沢明の「椿三十郎」だったと思うがやくざの抗争シーンでお互いに恐怖を感じあっているやくざどおしが後ずさりする光景があるが大和が最後を迎えた時は恐らく阿鼻叫喚の地獄絵があったと思うのだ。硫黄島から奇跡的に生還した元兵士は家族にすらも口を閉ざしていたという。それは戦争というものが美化できるようなシロモノではないことを如実に示していると言えよう。

戦艦大和の最後


再度、問う!「再チャレンジ」という言葉の嘘!

2007-04-07 16:08

1.ポーズにしか過ぎない「再チャレンジ」



昨日の削除したコメントに「都に食べさせてもらってて安倍や石原を批判するとは何事だ」などという暴論があった。私は憲法に保証された国民の権利にもとづいて作られた制度によって食べさせてもらっているのであって別に安倍や石原に恩があるわけではない。むしろ彼ら新自由主義者による改革によってもろに痛みを受けているのであり、彼らの目が黒いうちには死んでも死にきれない思いで生きている。

「自己責任」という言葉もまやかしに満ちた言葉であるが「チャレンジ」という言葉は安倍によってまるでトンチンカンに使われているとしか言えない。安倍晋三の頭の中は極めて情緒的にできていて好きなカタカナ英語を厳密に精査することなく自分の勝手なイメージで使っているとしか思えない。ちなみにレジューム(resume)という言葉は「取り戻す」とか「再び始める」という意味であり、名詞だと「回帰」ということだと思う。さすれば「戦後レジュームからの脱却」という言葉は「戦後回帰からの脱却」という意味で「回帰」と「脱却」が重複した文法的に意味の通らない言葉である。それは「インターネットのホームページ」という表現と共通した間違いである。「山の中の山荘」と言っているようなものである。※美爾依さんの日本語の先生としてのご意見をぜひお聞きしたいものです。

アメリカを肯定するわけではないがアメリカにおけるチャレンジという言葉はすなわち起業を意味している。多少のリスクはあってもアメリカンドリームという夢にかけるのがすなわち本来のチャレンジだと思う。日本において起業が失敗した時は経営者が個人保証をしている場合がほとんどで多くの場合において豪邸からあばら屋へと移らざるを得なくなる。そういう意味ではチャレンジには大きなリスクを伴うのだ。対してアメリカでは日本のように身ぐるみ剥がされてしまうようなことはないという。開拓者魂が息づいており、起業を歓迎する社会的な風潮が存在する。それに対して日本では起業に失敗した場合、徹底的に打ちのめされるような社会の風潮がある。自己破産の制度などがあるにも関わらず、自らの命を絶つことで問題を解決しようとするケースが非常に多いのである。こういう起業とそれに伴うリスクを軽減化し、失敗しても再度チャレンジできる仕組みとして「再チャレンジ」という言葉を使うのであれば的を得ていると思う。7年ほど前に私がホームページに書いた文章を紹介しよう。


http://henrry.net/weekly_talking2.htm#enjeruより
アメリカのネットビジネスにおいては起業化のための資金は投資家(エンジェルと呼ばれるようである。)から募るということである。投資家はそのアイディアや起業家の人間性とくに優秀な人材を惹きつけ集める人間的魅力を重視するということである。投資の性格としては非常にリスキーなもので10社のうち大化けする会社が1社でもあれば多い方とのことである。2〜3社のみ元がとれ他は失敗という。事実、シリコンヴァレーの8000社のうち1年で1000社が入れ替わると言う。成功して株が公開されるようになると額面の200倍くらいの値が付くので他のほとんどが失敗でも全体として充分儲かるとのことらしい。もちろん失敗して倒産してしまうと株はただの紙切れと化してしまう。反対に起業家の方はどうかというと先行投資をした分が泡と消えるのみで倒産してもなんら個人的な負債を負わず、個人の資産も守られるとのことである。日本のパターンとの違いに愕然とさせられる。

日本だとたいてい開業資金は国金や銀行などから不動産を担保とした借り入れによって用意される。会社が行き詰まると経営者は只、存続させることをのみ考え、自らの肉体(目玉、腎臓)を担保として所謂、街金から借り入れを繰り返しどうしようもなくなった時点で首をくくるか夜逃げと相成る。賃貸住宅に住んでいた場合はまだ救いがあるが御殿からあばらやに移るケースは多々あり、起業に対する恐れが常につきまとっている。21ケ国を対象とした若者の起業に対する意欲を調べた調査によるとアメリカでは9%が起業予定があるのに対して日本は最下位でアメリカの10分の1の0.9%でしかないという。そしてなんとGDPと起業予定率とのあいだには明らかに比例関係があるとのことである。当然と言えば当然である。アメリカでは同じようなアイディアを持つ起業家がいて片方は倒産経験があり、他方ははじめての起業だとすると投資家たちは迷うことなく、倒産経験がある方を選ぶと言う。日本では社会的な通念として倒産経験=人生の敗者と見られがちである。アメリカはフロンティアスピリットの国でチャレンジすることを歓迎し、失敗にたいして非常に寛大である。この違いこそが昨今の日米の経済格差の大きな原因と思えてならない。



しかし安倍晋三が言う「再チャレンジ」という言葉はそういうことではなく、リストラに遭った人やフリーターから抜けだせない、あるいはワーキングプア、またダブルワーカー、トリプルワーカーなど新自由主義者による改革で犠牲になってしまった人に対して幻想でしかない希望をもたせるための言葉というのがその実態である。さきほど憲法によって保証された権利ということを言ったが同時に国民は働いて税金を納める義務がある。その義務を果たせるために勤労意欲のある人間には率先して仕事を与えることこそ大事な政治の役割なのである。それは決して「チャレンジ」などというものではない。政治家が国民によって選ばれた代表であり、国民のために仕事をしているのであれば国民に仕事を与えることは何より優先して行わなければならないことである。ところが彼らは大多数の国民のことはどうでも良いことなのであってアメリカの恫喝による売国政策でもって多くの国民が中流から下流へと落とされてしまった。「痛みに耐えた」のは下流に落とされた人だけだったのであり、デフレ経済の下、下流に落とされなかった人は逆にこの世の春を謳歌しているのではないか!彼らは選挙対策としてポーズで「再チャレンジ」と言っているのだということをけっして忘れてはならない。

2.新聞報道の嘘を見抜け!



本日4/7(土)の毎日新聞に「ホームレス 4年前より6732人減少」という記事が掲載されていた。今年の1月に実施した調査で自治体職員が公園や河川敷、道路などで暮らす人を概算で調べたとのことである。現在の総数は全国で1万8,564人ということで大阪の4,911人が一番多く、東京の4,213人と続いている。平均年齢は57.5歳で野宿生活5年以上の人が4割を占めるという。その中で就職したいと思っている人は35.9%で前回の49.7%を下回り、自立意欲の落ち込みが見られるという結論で終わっている。朝日新聞の方は「ホームレス27%減 03年比 景気回復で?年齢は上昇」という見出しで公園における減少が10,310人から5,702人とマイナス45%で目立っており、自治体が公園や道路から退去させるのに力を入れた結果と分析し、また景気回復で働き口が増えたとしている。

普通の人がこれを読んだら「よかったね」で終わるのだろう。しかし自らホームレスになってしまった立場からするとこの記事には嘘が多い。ここへ来ていろんな人に話を聞いていてわかったのはホームレスと言ってもブルーシートでテントを貼る定住型のホームレス(中には発電機でテレビ・冷蔵庫・エアコンまで入れている豪の人も居るそうである。)と、そうではなくマクドナルドやインターネットカフェで過ごす非定住型のホームレスとふたとおりがあり、どうも最近その非定住型のホームレスが急増している模様なのだ。またいろんな人の話を聞くとむしろ仕事は減っているし、賃金も減っているとのことで従来型の景気回復の恩恵など誰も享受していないという声が多いのだ。おそらく人知れず死んでいった人も少なからず居るのではないか?
●関連記事「再チャレンジ」という言葉の嘘

「美しい戦争」を捏造する安倍内閣の偏執性を問う!

2007-04-06 14:03

1.シュミレーションゲーム


きっっこちゃんの4月4日の記事「絶対に正当化できない戦争」を読んだ。無性に泣けてきた。書いてあることはあまりにも普通のことなのだがそういう普通のことが今や極めて稀少になっているがために感動させる力を持っているのだと思う。きっこちゃんは私の娘より5歳年上なだけだから私が20歳の時に子供が生まれていたとしたらきっこちゃんと同い年という訳である。そんなに若いきっこちゃんであるが今やブログの世界では超有名で既存のメディアを動かす力を持っているというのは逞しいかぎりだと思う。最近の彼女を見ていて思うのは本も出版され有名になればなるほどその言論に対する重い圧力が増していると予想されるがそういう圧力が増せば増すほど彼女に書く力を与えているように思える。あれだけ多くの生情報を元に悪事を告発されると既存のメディアが死んでいる今、放つ光が大きい故に妨害も大きくなるのは容易に予想できる。

20年以上前に光栄のシュミレーションゲームにはまったことがある。それは「信長の野望」とか「トップマネジメント」であった。夏休みには和歌山の白浜にある会社の保養施設によく行ったものですが疲れが溜まっていて子供を妻にまかせてビールを飲みながらひとりゲームに興じていたものでした。この何年間か時間はたっぷりあったのでしょうがゲームは一切しませんでした。そういうことで時間を潰すことが嫌だったからです。最近、ダイソーの100円ショップで「戦国の兵法者」という100円のシュミレーションゲームを買いました。まあタダでも凄いソフトがいろいろある時代なので少々のことでは驚かないのですが、その完成度の凄さに驚いてしまいました。

何故、わたしたち男性はこういうソフトが好きなのでしょうか?おそらく過去生における合戦で無念な最後を遂げた魂が多い故に、爽快に勝利を味わうことができるゲームの世界で快感を感じるのではないでしょうか?私が買ったゲームは合戦における戦術を競うゲームです。すなわち各部隊をどういう陣形で、どう配置し、駒をすすめるかが勝敗のポイントになります。陣形のことなどほとんど知らなかったのですが人間の心理がその奥にあるわけでなかなか興味深いものなのです。

2.くだらない本を読むのは時間の無駄



以前に太田龍さんによる「長州の天皇征伐」という本を紹介しました。そこで幕末以降の日本の歴史が如何に捏造されているかを報告しました。この本はかなり分厚かったのですがおもしろいので一晩で一気に読んだものです。最近、阿修羅などで紹介されている「操られた龍馬」を読みました。サブタイトルには「フリーメーソン」の名前もでてくるのですがはっきり言って非常に退屈な本でした。著者の息づかいが感じられなく何が言いたいのかがよくわからない本だったので最後の数ページを残したまま図書館に返しました。NHKに時事問題を扱う「視点」という番組がありますがあの感情のまったく入っていない退屈な解説を思わず連想させるような本でしかありませんでした。「フリーメーソン」で検索して出て来る本の多くはその活動を賞賛するものが多いので要注意なのです。副島隆彦さんが監修されている幕末をテーマにした漫画(タイトルを忘れました。)はもう副島さんの正義漢としての感情がむき出しで非常に興味深かったのでした。幕末には本当にいろんな出来事が起こっています。それらの表面的な動きの背景にあるものときちんと関連づけがなされない限り、何がなんだか解りません。そういう意味では同じマンガでも石森章太郎さんの「マンガ日本の歴史」42・43などを読むと何がなんだかさっぱり解らなくなってしまいます。

既に今の歴史教科書自体が歴史の真実とはほど遠いものなのです。坂本龍馬や高杉晋作というヒーローは実はそのような者ではなかったのではないか?彼らは開国という言葉で国を売った売国奴だったのではないか?初代総理大臣を務めた伊藤博文こそが売国奴の代表であったと推定される事実。そのようなことは今の歴史教科書には何も書かれていません。

3.戦争の残酷さ



戦争の残酷さはどこから来るのだろうか?それは戦争という異常な場面において個々の生命に必ず備わっている生存欲求が極度に犯されることから来る反動故になされることが多いのではないだろうか?織田信長が浅井、朝倉を攻め滅ぼした時に祝いの席にだされたのが彼らのしゃれこうべに金箔を塗った徳利であった。信長の妹で浅井長政に嫁いでいたお市の方はそれを見て卒倒したという。これも逆に考えると信長自身がそれだけ恐怖を感じていたという裏返しではないだろうか?同様に20代の若者が明日も知れぬ身となった時に「種の保存」という本能が大きく彼らを支配してしまうことは容易に想像できる。源平の争乱のおり、平氏を都から追放した源義家の兵士が京においてさんざん狼藉や強姦を働いたのも同じようなメカニズムからだと思う。それはいかなる時代にも存在する人間の性(さが)と言えるのではないだろうか?

従軍慰安婦問題について大地実さんがコメント覧に長文の投稿をしていただいた。全部読もうとしたのだが途中で挫折してしまったのです。当然あったとされる歴史的事実について「なかった」と言い張るのが「美しい国」のすることなのだろうか?まったくもって醜い責任逃れとしか言いようがないのだ。国際法というのは戦争を起こすのはしかたがないとしてもその戦争においてあまりにも惨いと考えられることは自粛しようというルールだと思う。そのような国際法に照らしても慰安婦の問題は違法であり、国際的には容認されないことなのだ。やくざの抗争にもやくざ間のルールがあるということと同じことなのでしょう。以下、大地さんが紹介していただいた記事から気になったところとそれに対するコメントを述べたい。

1.「これら女性の約25%のみがこの毎日の虐待から生きのびたと言われている。」
たった25%しか生きのびることができなかったということはそれだけ過酷な行いを強いられたということなのでしょう。

2.「日本国政府は旧日本軍のこれら行為に対する関与についての道義的責任を認めたが、日本はすべての法的責任を否定し続けている。」
まさに頭でっかちな役人の詭弁としか言い得ないのではないでしょうか?

3.「旧日本軍占領地域内において日本軍人が住民に対し強姦等の不法な行為を行い、その結果反日感情が醸成されることを防止する必要性があったこと」
いわば自然発生的な無秩序状態を避けるために軍がオブラートとして国際法上不法な行為にお墨付きを与えたということでしょう。

4.「戦争の拡大とともにその人員の確保の必要性が高まり、そのような状況の下で