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消えた年金」の問題がクローズアップされている。メディアも珍しく騒いでいるのでネットでも調べてみたがどうも釈然としないことがあまりにも多い。年金の問題の根源には「国家の財政破綻」の問題があると確信している。民主党はこの問題で国民の関心を盛り上げ、参院選を有利にもっていこうとしている。私が疑問に思っているのは以下の点である。

1.コンピュータが導入される以前は、支払いの記録は紙の台帳で管理されていた。そのため、加入者が転勤するなどすると、紙台帳も一緒に動かねばならないのだが、それが難しかったという。 →問題は紙とコンピュータの違いにあるのではない。コンピュータが導入される前から銀行や保険会社は当然、存在した。人の金を預かる以上、なんらかの仕組みがあったはずだ。それを杜撰(ずさん)だったという言葉で社会保険庁に責任を全て押しつけているのではないのだろうか?

2.国民年金の場合、当時は市町村が窓口だったため、この担当者が加入者の名前を読み間違い、誤った仮名をふり、記録することで、年金記録が別人扱いされた実態が、多数、存在するというのだ。 →市町村はあくまで窓口にしかすぎず、年金の性格としてそれらは当然、社会保険庁に集約されるのであるから戸籍とリンクした個人別のデータベースを作るのが当然である。そんな子供でも思いつくことをやっていなかったことを信じられるだろうか?フリガナの入力ミスなどという言い訳が通用する訳がないではないか!

3.5000万件に相当する年金総額がいくらであるかがまったく不明であるし、追求もされていない。おそらく宙に浮いたデータはあってもそれに見合う、流動資産(現金を含む1年以内に現金化できる資産)の大半がほとんど存在していないのではないか!?政府は社会保険庁に全て罪を着せて、「宙に浮いたデータ」すらも削除することで支給義務を放棄しようとしているのではないか?

4.年金は昔からあった。その頃にこのような杜撰な管理がされていたという話はなかったのではないか?「杜撰な管理」というのは安倍内閣得意の捏造ではないか?

5.社会保険庁の問題は今に始まったことではないが「社会保険庁関連法案(日本年金機構案、国民年金法等改正案)」の採決は多くの国民が知らない間に急浮上してきた。ひょっとするともっと大きな問題に対する「目くらまし」ではないか?

6.今のところ民主党がもっとも敏感に対応しているように見えるのだが、いまいち追求が弱いように思えてならない。単に国民の不満を逸らせる「ガス抜き」の役割をしているにすぎないのではないか?

あまりにも疑問がつきない。今はネット環境にないので追求がしづらく、とてももどかしい。おまけに明日から仕事です。わざわざ漫画喫茶に再度来てアップしておく。
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  • このエントリーのカテゴリ : 政治

1.学歴偏重がもたらす羊化政策



こういうところで大卒というのは最近では珍しくないようではあるが、やはり少数派である。リストラの嵐が吹きまくった昨今のこと、不審に思う人間はだれも居ない。それでも「なんで大学まで出ながら・・」という思いはあるようである。ただ私にしてみれば、学歴に対するコンプレックスが世の中の見方を間違えて見させているように思う。大学の4年間なんて単なる社会人になるモラトリアムの時期であり、勉強することなどたかが知れている。IT業界に入るならおそらく専門学校に行った方がずっと有利ではないだろうか?

私の友人にはどういう訳か早稲田大学の出身者が多い。頭も良いし、適当に遊んでいるので人間としてのおもしろみがある。ところが世の中全体では東大などの超一流校に対する幻想が根強く残っているように感じる。東大などを出ている人はエリートで信用できるらしい。政治家や官僚などでは東大出身者が圧倒的に多い。ところが画期的な発明をしたり、事業において大きな成功を収めたりということであれば案外少ない。むしろ早慶などの私大の出身者の方が多いようだ。そもそも高校時代の多感な時期に「東大入学」だけに目標を絞って邁進した事実からはエゴの強い性格が連想させられる。私の高校時代は政治闘争が華やかな時代で、活動家にとって受験などは二の次であった。もちろん東大や京大に入った優秀な同志も居たが、彼らはまさに優秀だったのだと思う。受験勉強などはほとんどが記憶力に頼るものであり、創造力とか批判精神などとは縁が遠い。ましてや大学などの学問の世界で真実を追究することは益々、困難になっているようである。メディアに対する監視の強化、著作権法の改悪など憲法壊悪を射程に入れた言論規制の動きが激しい。当たり前のことが当たり前に論じられることがどんどん無くなっている。そこに私たちブロガーが活躍できる隙間があるように思う。

社会保険庁のずさんな管理が問題になっているが、安倍は「救済の必要性」を説いたという。どうもこの言葉の使い方が気になってしまう。普通の会社が消費者に対して被害や損失を起こしてしまった場合、例えば不二家のケーキを食べて食中毒になったとしよう。そんな時に「救済」という言葉を使うだろうか?原因は自然災害などではなく、明らかに会社側にあるのだ。会社にとって必要なことは「お詫び」であり、「補償」ではないか?それを自らの責任を棚に上げて偉そうに「救済」などとよく言えたものである。デタラメな言葉の使い方で国民を騙すやり方は小泉以上である。※社会保険庁の問題は近日中に取り上げる。

2.新自由主義の時代における「労働力の再生産」とは?



おとといの「インターネットカフェ難民」の女性は派遣先の居酒屋に行って2時間もしないうちに突っ返されたという。なるほど少しぶっきらぼうなところがあるので「使いものにならない」と判断されたのだろう。おそらく金曜の夜などはどこの居酒屋も混むので猫の手も借りたい状態になるのであろう。派遣で来たのであれば猫の手として使えば良いので接客態度など期待する方がおかしいのではないだろうか?亡くなった横山やっさんではないが酔っぱらいの相手など簡単にできるものではない。(笑)

従来、派遣などは突発的に必要になった「猫の手」を供給する事業として始まったと言える。イベント設営などの仕事は私の学生の頃でもあった。生産がどんどん海外にシフトし、物余りになった現在、販促要員として派遣が使われることが多いようである。新宿などのターミナルで多い、コンタクトレンズなどのチラシを配っているのは大半が日雇い派遣だと思う。

カール・マルクスの「資本論」において展開されている資本主義の勃興期における経済モデルにおいては「労働力の再生産」という概念がとても重要である。すなわち労働者の賃金である労賃の中には労働者のみを養うのみならず、結婚して子供を産み、育てるというコストまでが含まれているという考え方である。資本主義の勃興期においては労働力は慢性的に不足がちで、低年齢層の長時間労働が社会的な問題になった。にも関わらず労賃の中には労働者の次の世代まで育てるためのコストが含まれていたということは、今のセチガライ新自由主義のはびこる現代から見れば画期的だと言える。雇う資本家の立場からすれば新たな働き手は常に必要であるから労働者の賃金の中にそのためのコストを考慮に入れるというのは当たり前であり、それが日本においては年功序列という制度で具現化することになる。ここまでは偉い学者の先生方が多くの文献にて書いておられると思う。

ここからが問題である。たぶん誰もまだ言ってないことを敢えて言おう。新自由主義社会における正規労働者と非正規労働者の違いは何か?正規労働者は結婚して子供を育てることができるのに対して、非正規労働者はそれができない賃金となっているということである。資本家の立場からすれば、それらの労働者は吐き捨てるくらい居るので、手荒い使い捨てをやったところで何も困らないというのがその本音ではないだろうか?「格差は昔からある」などという小泉の言葉はこの問題に対する何の答えにもなっていないし、追求する立場の人間もなんら有効な追求ができていない。労働市場における需給関係が完全に買い手市場になっている現在、すべての国民に存在の権利があり、幸福を追求できる権利があるという現憲法は資本家にとってみればそれだけでも時代に合わないものなのだ。間違ってはいけないのはエゴむきだしの資本家にとって時代遅れなのであって、使い捨てにされるかもしれない労働者にとって時代遅れなのではけっしてない。歴史において既に勝ち取られた労働者の権利は先人の闘いがあってこそ勝ち取られたものであって、それを享受した人間にはそれを守る義務があるのだ。「新自由主義」とは世界的な規模で商品や労働力が行き交うグローバリズムの社会の中で「資本家」が「労働者」を自由に正規・非正規と使い分けし、労働者に生存の権利も幸福の追求も許さない「資本家の自由」を保証する社会なのだ。
ついに仕事が決まりました。今の段階ではあまり詳しくは書けないのですが、ほぼ気持ちの上で整理がつきました。すでに面接が終わって回答待ちのことろが2社、面接予定の会社が2社、書類選考中の会社が5社あって、今日は面接予定の会社に行くつもりなのですがよほどのことがない限り、そこに行くことはないと思っています。昨日は「明日から来れますか?」と言われてびっくりしたのですが、今日の面接のことがあったので都合が悪いことを伝えると、来週からということにしていただけました。決めた理由は・・

1.今のところから近いこと、2.仕事の性格が安定していること、3.事務所の雰囲気やスタッフの女性の雰囲気が良いこと、4.パソコンが堪能であることに期待されている(おそらく書類選考の段階でほぼ決めていただいていたようです。)こと、5.仕事がきつくなさそうであるなどの理由からです。

エクセルではマクロを使うことがあるということ(マクロは遥か昔、ロータス1-2-3で使っていた)で図書館でエクセルの本を借り、時間があったので寮が契約している散髪屋さんに行った。※寮の利用者は1回だけ無料で利用できるのです。

6年くらい前からだろうか、散髪というと10分1000円のQBハウス専門になってしまった。東京、神田、武蔵境、拝島、千葉、茂原(千葉県)などによく行ったし、大阪では高槻の店にも何回か行った。もう散髪と言えばQBハウスという感じで今更、普通の散髪屋さんはちょっと面倒だと思っていたのですが、これがなかなか気持ちが良くて忘れていた感覚を思い出しました。それで過去に行った散髪屋さんのことを思い浮かべたのですが、どういう訳か大阪梅田の阪急グランドビルにある20年前で4,000円近くした今から思うにちょっとセレブな散髪屋さん以外、思い出せないのです。まるで記憶喪失になっているような不思議な感覚です。そう言えば梅田の散髪屋さんは最後に肩もみサービスがついていて、これが気持ちが良かったのです。あれから6年ほど経って、今や乗降客の多い駅には必ず、QBハウスがあります。ドトールコーヒーに迫る勢いです。今や30代くらいの女性も利用しています。内装のセンスが良いので貧乏くさくないところが受けているのだと思います。よく考えてみるとQBハウスの出店が始まったのは小泉改革が始まった頃とほぼ同じで、まさに小泉改革の落とし子のようなものだと思います。そう言えば牛丼の松屋あたりの出店ラッシュも軌を一にしていたような気がします。20年くらい前、大阪では昼の定食が500円くらいでもあったのですが東京で500円の定食というと当時、五反田のTOCの中にあって、ごはん、具なしみそ汁、コロッケ、きざみキャベツ、たくあん一切れという具合でまさにエサという感じでした。それが松屋などの急成長とともにお昼を500円で食べる層が生まれました。コンビニではおにぎりとカップラーメンを食べている人も多く見ることができるようになりました。まさに格差社会の到来です。おそらく多くの散髪屋さん、多くの飯屋さんが廃業を余儀なくされたと思います。

昨日から日本テレビの夜10時54分からのニュース番組で3回シリーズで「インターネットカフェ難民」のことを取り上げている。昨日は大学卒の29歳の女性のことを取り上げていた。大学の卒業時は超氷河期ということで就職できず、アルバイトの日々を過ごし、アルバイトの繋ぎのところで家賃が払えず、ネットカフェ難民となり、携帯電話での日雇い仕事の毎日で携帯料金も払えず、仕事も途絶えがちということでダウン寸前の状態。1日1食であとはサプリメントで栄養を補っているとのこと。しかし、「辛抱が足りない」などと塩爺あたりに言われているものの、よくこんな生活で1年ももつかというのが私の感想である。それもネットカフェ難民ならまだしもマックカフェ難民も五万と居るというのであるから、この国の「美しくない」現状をまざまざと見せつけられる。こんな酷い現状に野党すらも問題化しなかったのだからよほど彼らが「辛抱強かった」のだと思う。おそらく彼女の父親も私のような境遇で何も力になり得ないのかもしれない。もうとても人ごとのようには思えず、遅くまで見てしまいました。あのマルクスの時代でさえ低年齢層の長時間労働が問題になったことはあっても労働力の「再生産」ということは保証されていた。ところが今や使い捨てもいいとろこで携帯が切れると仕事も切れるというのだ。

今日の午前中は面接に行ってきました。大正時代に創業した中堅の部品メーカーでパソコンによる生産管理や品質管理という仕事でやはりエクセルを多用するということです。ISO9001の認可も受けているということでなかなかしかっりした会社でおまけに社長さん自ら面接していただけました。どうなるかはわかりませんがやっと難局から抜け出ることができそうです。いままで支えていただいたみなさま方に深く感謝しています。本当にありがとうございました。明日から3日間はお休みなのでエクセルの復習をしたり、バナーを作ったりしようと思っています。

怖い物知らずの安倍は無茶苦茶なことをしようとしていて呆然とさせられますが、あんな輩の思うようにさせておくわけにはいきません。一日も早くここから出て、ブログの仲間とともに闘いたいと願っています。どうぞよろしくお願いします。
今は5月19日土曜の深夜3時20分。そっとキーボードをなでるように打っている。昨日はショックなことがあってあまりにも早く、ふて寝をしてしまったのでもう充分睡眠は足りている。

ここに来て既に2週間が経過しようとしている。来て4日目くらいからハローワークに行き、そこで応募しようと選んだ求人票を何枚かプリントアウトしてから寮に帰り、専任の相談員の方にお見せして、相談し、アポをとってもらってから面接に行くというサイクルを3回ほど繰り返している。いろんな会社を見て来た関係で事務所やお店を見ただけで経営者の性格まで解ってしまうという特殊技術?を身につけてしまった私であるが、求人票だけではさすがにそこまで解らない。行ってから事務所を見て「およびでない(亡き植木等さんの名文句)」と感じることが正直多い。意外と多いのが面接をする方が自己紹介をしないということである。偉そうにするつもりは無いが、こちらにだって選ぶ権利がある。そんな人間としての最低のマナーを実行できない人間の居る会社に入ってうまくいくとはとうてい思えない。それが「雑貨」という求人票に記載された言葉では解らない、三流の「ブランド物」を扱うような会社であればなおのことである。マクロに言えばそんな商品はもう賢明な人にとって必要とされない商品であると思っている。経済破綻するかも知れない日本にブランド物なんて必要ではない。そんな商品を扱う生業(なりわい)が向こう10年も成り立って行けるわけがないと思っているし、そんな嫌いな商品を毎日見なければならない仕事など苦痛以外のなにものでもない。安物の水商売のママさんのような女性の言うことを素直に聞けるような私ではないのは充分解っていただけると思う。でもアイス・コーヒーを出してくれただけまだ救われていた。

もっとも酷かったのはビルの入り口に「面接は5階で」と書いてあったものの行ってみるとこれ以上感じの悪い女はそうそういないと思う性悪女が「面接は4階です。」などと怒ったように言い、行ってみれば既に5人くらいが立ったまま待っていた。5分くらいしてからさっきの女が現れ、(自己紹介することなく)会社の説明を5分くらいした。それぞれの履歴書などをホッチキスで綴じながらそこにマジックで無造作に目印を書いた。(※「ああせっかく手書きできちんと書いているのにもう使えない!」)「次の人は内線(電話)で呼びますので上にあがってください。」とのこと。もうこの時点で請われても入る気などさらさらないのだが、相談員さんの手前、一応、面接だけは受けることにした。来てから約1時間たって私の番となり、上へあがったのだが社長らしき顔色の悪い男とさきほどの女があろうことかえらい剣幕で口論している。社長の方はと言うと今まで入社した人間の悪口をさんざん言い、「あなたがここでやっていけると思うならやってください。」などと言ったのだ。私はご想像のとおりそそくさと退散した。後から別の相談員さんに聞いた話だがなんと「札つき」の会社だとのこと。それならそれで言ってくれればいいのに・・。交通費と時間のまったくの無駄でした。

昨日行ったのはウェブサイトの「検索エンジン対策」をやっているという会社。今風の事務所でパソコンが10台ほど円卓の上にセットされて、やたら若いお兄ちゃんたちが作業をしていた。またしてもおよびでない。(笑)取締役である誠実そうなお兄さんが言うには、「現在なんらかのサイトを運営している方にはそれらを削除していただきます。」ということ。これはまるで踏み絵だ。何ももたない今の私にとって私のささやかなサイトは自分が生きた証である。それをどうなるものとも解らない会社に入るために削除などとうていできるものではない。どうってことはないのかもしれませんが、こういう面接は精神的にかなり堪えるのです。こういう時は歳のせいか横になってしばらく休まないと回復しないのです。どうせ支給されている500円ではろくなものも食べられないので寮に電話をして昼食の確認をして戻ることにしたのです。それからまたハローワークに行き、2時間ほど検索し、帰りに1時間ほど漫画喫茶に寄った。ちょこちょこ見ているあるブロガーのリンクにかって知ったるブログを見た。一度は削除したと思っていたがまた復活していたのだ。彼とは会ったことはない。ただ何回かメールでやりとりをしたことがある。本名も知っている。おそらく親子ほどの歳の差があるのだろうが気になる存在である。何故か彼の苦しみが自分のもののように感じられるのだ。彼がこの2年間くらいの間に面接を受けた回数に比べれば私のそれはまだほんの序の口にしかすぎない。あまり多くを書くまい。彼が見ているかもしれないからだ。こんな私の文章を見たからといってナイーブな彼のこと、また削除などして欲しくないからだ。

おそらく彼も人から「不器用だ」とか「わがままだ」とか「辛抱が足りない」などと言われているのだろう。でも彼の苦しさは彼にしか解らないものだと私は断言する。私の苦しさも私以外の人には解らないと思う。そんな彼の苦しさを覗き見してものすごくつらかった。心をえぐりとられるような苦しさを感じた。それで早い夕食を食べてからずっと横になったまま寝てしまったのだった。

私のパソコンのスキルなんてものは今の技術レベルから言えばスキルなんて言葉に値しないものなのでしょう。このわずか20年くらいの間に起こった技術革新は過去のどんな時代にも無かったものなのでしょう。プログラムを書けることくらいはパソコンをやっている人間としては最低のスキルかもしれない。今時、英語の通訳なんて時給1500円程度のものでしかないと言う。10年間いくら夢中で勉強したとは言え、素人としてはずば抜けていてもプロのレベルから見れば幼稚園の園児のようなものでしかないのでしょう。パソコンにまともに取り組めば必ず壁にあたる。自分ではなかなか解決できないことが他人の助けで簡単に解決できることが多々あるのです。ところがパソコンを持っていてもまともに取り組んでいない人からは質問が来ない。まともに取り組んでいる人からはどんどん質問が来て、どんどん技術を向上される。IT情報教育アドバイザーとして多くの学校に行って経験したことである。あれから数年が経って、光インターネットがあたりまえになってはいるが、多くの中年以降の人が自由にインターネットにアクセスできているかと言えば決してそんなことはないのです。若い人が書いていると思える「エロメール」にしてもまったくメールの基本が解っていないものが多い。このように日本のIT社会は初心者の集まりなのです。この寮でもたばこ代がないという人間は多くいるが、インターネットに接続できないことを訴える人間は(私以外は)誰もいない。

カナダに居る美爾依さんが沖縄のことを心配していても日本に住んでいる多くの日本人はそんなことを知らない。せいぜい長久手で捕まった私の本名と2字も同じ人間がお縄になったくらいだ。どんなに安倍内閣が危険で酷い内閣であるかを多くのブロガーが訴えていても、そんなものを見る機会の無い人間にとっては別の世界の話であって、彼らにとっては「みのもんた」の正義漢気取りが心地良いのかもしれない。だからこそ自動車学校のようにパソコンを自由に操ることができるように教える仕事ができ、多くの人に真実を知ってもらうことができればいうことがないのですが、どうもワードやエクセルを学ぶために大枚を取る「アビバ」のような学校はあっても高齢者が気楽におこづかいでインターネットを学ぶ学校が(需要がないとは思えないのだが)ほとんどないのが実情なのです。鳥取県の米子市に居たときに病院の掃除の仕事をしていたことがありました。ですから、今の生活から抜け出るのに掃除の仕事でもかまわないと思っています。でも、できることならずっと続けていけるやりがいのある仕事がしたい。それも年収で言えばせいぜい250万円ほどしか望んでいない。それが贅沢なことなのでしょうか?

わんばらんすのココロさんが「憲法ポジマップ」について書かれている。

難しい座標軸などを理解できない人々が山のようにいるわけですし。今は、そのような「学者的見解」にこだわっている時ではないと思うわけです。こんなことしていたら多くの人たちへの伝播や啓蒙が7月の選挙までに間に合わない。だから今は、ただただ政治なんかに興味がない人々に「大変なことになっているんだな!」って気づいてもらうことに全精力を注ぐべきではないんでしょうか。如何でしょうか?^^


多くの人は憲法9条が時代に合わないということを聞かされてはいても、自民党が改悪しようとしている憲法が、「国家にとって理想」であっても「国民にとっては理想」どころか悪夢のような戦前に逆行する「独裁国家」にふさわしいものであることなどさらさら思ってもいないのです。そういう意味ではあの図はショック療法になり得ると思うのです。今、見て感じるのはむしろ最初のバージョンのように「自民党の憲法草案」が右上にあった方が良かったかもしれないということです。多くの国民にとって良い方向に向かっていると思われる内容が、実は赤信号であるということにほとんどの人が気付いていないことに警鐘を与えることができるのではないかということです。

もし、それでも「完全な図形じゃないとダメ」だと言うことならば、「画期的に判り易い正しい図」を率先して作ってくださるほうがどんなにいいでしょう。批判や忠告のエントリーよりも嬉しいです。私たちには「マンガのように簡単で、なおかつ完璧に言い得ている図」が必要なのです。庶民の理解度が画期的に高くなる図を切望していますので、「我こそは得意だ」というかたには、よろしくお願いしたいと思います。誰かが作ってくれたモノを批評するよりも、みんなの知恵を結集してより良いモノを作ることに総力を注げないでしょうか。


そうなんです。簡単なようで簡単に作れるものではありません。なんらかの啓示のようなものがあってはじめて作れるものだと思います。今の時代に対する悔しい思いが啓示を呼び寄せているのです。批判する人が完全だと言っても私から見ればピントがずれまくったものでしかないのは前回指摘したとおりです。そればかりか悲しいかな、なにかそこに不純な意図が見えてしまうのはけっして私だけではないと思っています。※「やられたらやり返せ!」という子供の喧嘩を誘発しているのではありません。正直な気持ちを吐露したまでです。

文章でも図画でも、知識が豊富なかたには「人が作ったモノを批評する」のは簡単なことです。それでは・・何故、人が作るまえに作らなかったのでしょうか?「発想・アイデア」も大事な要素なのです。同じ側に立つ者の、このような内輪のスッタモンダが野党共闘が実現できない理由の一つなんじゃないでしょうか。なんだか・・とても哀しいです。


こういう彼女の記事に平気でトラックバックする神経も私には理解できません。そうです。とても残念です。本来もっと自由に時間を使えるなら徹底して反論して多くのブロガーにも呼びかけたいところなのですが、今の立場ではそういうこともできなく非常に歯がゆいのです。多くの女性が私の画像をセンスが良いと褒めてくれますが、私には絵心やデザインセンスなどというものはまったくないのです。ただしセンスの良いものを選ぶ能力はあります。実はあの絵は「共謀罪」の時にも使ったのですが「フローチャート」というキーでgoogleのイメージ検索をして出てきた中でセンスが良いと感じたイメージに色合いを合わせてあります。画像編集のソフト上でスポイドを調べたい色の上で抽出すれば、別の場所で塗ることができます。そこまでやって作っている画像であると理解してください。時間があればぶいっちゃんのバナーも修正したいのです。※内容はとても良いと思いますし、心意気にも頭が下がりますが、残念ながら色づかいが素人的で万人受けしません。あのチカチカも気になる人が多いようです。

前回の記事で民主党の議員に9条について問うことに対して否定的な考えを書きました。その気持ちは基本的に変わっていません。へたに9条を選挙の争点にすることは危険だと思います。敵の思う壺にはまることになると思うからです。世の中には日本の平和を守るためにこそ9条を変える必要があると思っている(=実は思わされている)人が多くいます。9条は変えても全体としての憲法を護るべきだと言う人もいます。※先日、そういう人がトラックバックを送っていたがついつい削除してしまっていました。

ただブロガーの民意としてそういう思いをぶつけていくことには異存がありませんので「反戦な家づくり」の名月さんの思いに応えて、賛同させていただきます。ただ、できることなら現在の格差社会で喘いでいる多くの人たちに浴びせられる「自己責任」という言葉が実は憲法第十三条における「幸福追求の権利」及び、憲法第二五条の「生存の権利」に違反しているものだということを明らかにしていただきたいと思っています。こんな当たり前のことを誰も言わなかったということは憲法の理想の精神がその適用実態において全く、実現されていないことに他なりません。
13日の日曜日、ZAKIさんと石橋上人とで地元の9条の会の集まりに行って来た。小学生の時に東京大空襲に遭われた女性や元特攻隊の方の生々しいお話を聞くことができた。その中で気付いたことであるが憲法を護るべき立場の人たちが意外と「憲法改正(改め正す)」という言葉を無自覚的に使っているということである。「嘘も100回言うと本当になる」と言われますが「郵政民営化」という嘘より、より強力に「憲法改正」という嘘がじわじわと浸透しているように感じられてならない。それと護憲派の多くがあまりにも9条を前面に押し出していることが気になる。誤解がないように最初から言っておくが私は9条がどうでも良いと思っているのでは断じてない。しかし、飽きることのない北朝鮮報道によって多くの国民が「北の攻撃」に怯えるマインド・コントロール化にある以上、9条を前面に押し出すことは戦略的に非常にまずいと考える。私自身、そういう恐怖を感じる人たちに対して9条を護ることが大切だと説得する術が解らない。彼らにとって北朝鮮と安倍内閣が裏ではつるんでいるという「魔のトライアングル」を持ち出してもあり得ない空想の世界としか捉えられないだろう。彼らにとってユダヤ勢力などという話は陰謀論でしかあり得ない。今の政府が正義にもとづいていないと思う人にとっては有効だと思うが、多くの政府や国家が国民のためにあると思って疑わない人にとっては夢想としか感じられないであろう。

安倍内閣は来る参院選挙において「憲法改正」を争点にして闘うという。それに対して「9条を護れ!」というスローガンは戦略的とはとても思えない。政府のマインドコントロール化にある人たちには「護憲派こそが国を滅ぼす売国奴」に見えているのではないだろうか?私はなんの組織にも属していないブロガーのひとりなので気楽に言えるのだが、冷静に考えるとこの点はとても重要だと思う。

そもそも政府が進めようとしていることは「民主主義の破壊」であり、「奴隷国家の完成」なので、そんなデタラメを告発することは本来ならば簡単なはずである。それが現状、簡単でないのは1.政府のマス・メディアを使った宣伝が強力であることと、2.告発すべき護憲派の宣伝が稚拙であることだと思う。

憲法の根元的あり方を問う意味で私は「憲法ポジマップ」は非常に有効だと思う。改憲案が「民主的か独裁的か」あるいは「国家にとって理想」か「国民にとって理想か」を質すことで自ずとその位置が明らかにならざるを得ない。いくら民主党が自民党に比べて民主主的だと主張しようが改憲案が自民党と同じベクトルだとすればとても民主的と言えるものではない。それをあぶり出してくれるのが「憲法ポジマップ」だと思う。SOBA氏は「国家にとって理想」を「自民・公明の本音」と変えているが私はそこに民主も入ると思っている。もう4年も前に挙党態勢で「有事立法」に賛成しているのであるから、今更「9条についてのアンケート」を行うことに意味があるとは思えない。それよりも「憲法ポジマップ」において民主党の改憲案なるものがどのベクトルに向かうものであるかを突きつけ、国民の前に知らしめることこそが根源的な問いと言えるのではないだろうか?表面的には「民主的」というポーズを取りながら「国民の理想」を「国家の理想」に置き換えたいと思っている点においては大半の民主党の議員は自民党と同じスタンスなのではないだろうか?おそらく彼らのアンケートに対する回答は多くの(マインドコントロール化にある)国民の支持を得られるものになるだろう。そんなアンケートになにか意味があるだろうか?そういう疑問がSOBA氏のマトリックスを見れば見るほど湧いて来る。

1.現日本国憲法が理想に近いものであると言うことは理解できるが、天皇制を含むそれが完全な理想だとは私は思わない。現憲法の位置をすこしづつずらして表現する意味が不明である。社会の進展によって現憲法より民主的で国民にとって理想の憲法が必要とされることは予想できるので理想を明示しておくことは重要である。

2.改悪教育基本法や共謀罪が「現憲法の適用実態」の下に位置しているのが不可解である。改悪教育基本法はまだ実現していない「自民党憲法草案」の精神にもとづいて創られているものであり、そのこと自体が違憲だという専門家の声も多い。ましてや「共謀罪」が「現憲法の適用実態」の元に位置しているというのはピントがずれているとしか言えない。とてもまともに考えたものとは思えない。また未だ成立していないにも関わらず実線で表示されていることにも大きな違和感を感じる。

3.法律は憲法の下にあるものであり、現在の「日本国憲法」の上に浮かんでいる風船は意味不明であり、今やどんどん形骸化されている法律の現状を正確に表していない。

4.根元的な問いを提供するというスタンスから言えばGIFアニメは不要である。どうも軸の向きが本質に関わると大騒ぎされたにも関わらず私の提起した根源性を理解されているようには思えない。「こういうこともできます」というこけおどし的なプレゼンでしかなく、本質と関係のない雑音にしかならない。

日本国憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。


前回お知らせしましたように月曜日に北区に移りました。今は無料でインターネットにアクセスできるところが見つかっていないのと就職活動に時間をとられるため頻繁な更新やトラックバックなどはほとんどできない状態ですのでご了承ください。2日に一度くらいのペースでネットにはアクセスしています。国民投票法案が強行採決されようとしている今、残念でなりません。
九条実現

今は、5月6日(日)深夜の2時30分である。昨日は夜9時頃に寝たのでほぼ6時間ほど寝ているので睡眠は足りている。明日、7日(月)にはこの寮を退寮して次ぎのステップである北区の寮に移るのでネット環境に入れないと思う。いま少し「憲法ポジマップ」について論点を整理しておきたい。

1.戦略的であるということ



もうあまり好きではない言葉ではあるが「戦略的」ということは非常に大事な視点だと思う。敵に攻められそうになった時に籠城するか討って出るかの決断こそが「戦略=基本的方向性」である。戦略を誤ると戦略より下位の概念である「戦術」あるいは更に下の「戦闘」が優れていても敗北の可能性が高くなる。織田信長が今川義元の大軍に奇跡的に勝てたのは「討ってでる」という戦略的判断をしたからである。しかもその戦略は「隊が長くならざるを得ない時に真ん中の本陣を突く」という優れた「戦術」に裏打ちされ、雨によって自軍の移動を気付かせない「戦闘」という完璧なストーリーがあったからこそ、画期的な勝利がもたらされたのだ。

私の提起している「憲法ポジマップ」は、改憲・護憲の論争において、その本質的な違いを世に問うもので、単純ではあるが、極めて「戦略的」であると自負している。そういう観点で言うと、「軸」の向きなどは枝葉末節なことにしか過ぎないのである。※実は「右傾化」という意味で自民党の憲法草案を右にしたし、国家が国民の上に立とうとしているという意味で独裁国家を民主国家の上に持ってきただけである。加えて、交通信号が左から青→黄→赤と並んでいることも意識していた。しかし私にとっては軸の上下や左右などは本質的にはどちらでも良いのであり、SOBAさんが言う「プラスイメージを右上に持って来るのが常識」だとすれば、その常識に従えば良い、と思って修正したまでである。「国家」と「国民」は必ずしも対立概念とは言えないので「自公にとって理想」というように表現を変えることも間違いではないと思うが、あまりにも現在の「国家」が「国民」のためにあると思わされている国民が多すぎるので敢えて「今の国家は国民のためにあるのではない」という厳然たる事実を表明したいが故に変えていない。私はとにかく半自由な身でありながら(※門限は夕方5時でヒューマンチェーンにも参加できない。)、「新自由主義者」の大嘘を暴きたいと念じていた結果、天啓のごとくこの「憲法ポジマップ」が浮かんできたのである。あろうことかそれに揶揄を入れる行為は間違いなく敵を利すことになると確信している。さらに私は多くの同志がSOBAさんに不信感を持つかも知れないことを懸念しています。もっとも、多くの痛烈なバナーを作られていることには敬意を表しているのでこれ以上は何も言うつもりはありません。否、最後にひとつだけ。私は17歳の時はカール・マルクスの考えを信奉していた文字通りの過激派高校生だったので、(※ちなみに、社民党の保坂展人さんはご自分のブログでも書かれているが過激派中学生だったと言う。)間違いなく「左翼」でした。でも今は喜八さんの言う「俺は下や!※それも半自由な下も下。無料でネットに入るのに重いノートパソコンを持って往復1時間20分も都心を移動しなければならない不自由な身です。」という言葉がぴったりしていますし、リチャード・コシミズさんの言う「共産主義はユダヤ勢力が作った」という説におおむね納得しています。ですから「サヨク」と呼ばれることにも違和感を感じますし、それ以上に、護憲派の大半が左翼である事実に対して蔑称のごとくサヨクという言葉を使われることにも同意できません。今では共産党も護憲のための大切な勢力です。敵を作ることは慎むべきです。

2.「集団的自衛権」ってなんやねん!?



テポドン安倍は有識者を使って「集団的自衛権」が現憲法に抵触しないかについての「研究」を始めるという。5月3日の日比谷公会堂における集会において社民党党首の福島瑞穂さんははっきりと「現憲法に抵触するのは明らかで研究は意味がない」と言われた。私は憲法論議を9条に絞ることは「戦略的」ではないと思う。何故ならメディアのプロパガンダによりほとんどの国民が北朝鮮や中国に「攻められる」ことに恐れを感じているからだ。政府の目論みは今のところ功を奏している。改憲がアメリカの要請であることははっきりしているのだが、独立の意志を煽りながら実はアメリカに媚びを売っているのが改憲派の真の姿なのだ。大事なのは、本来、憲法は「国民が国家を縛るもの」であるにも関わらず、自民党の憲法草案の狙いは「国家が国民を縛る」ものであるということだ。実はこのことを教えていただいたのは衆議院憲法調査特別委員会の委員である辻元清美さんである。※「辻元清美国政報告会」に参加してを参照ください。それは60年どころか100年以上前のものを見かけだけを変えてリニューアルするに過ぎない。私は「憲法ポジマップ」にある「理想の憲法」を求める人間である。もう内容は忘れたが大学の経済学部を卒業するのに「哲学・思想・宗教」というプロジェクトを専攻していた関係で「天皇制の廃止」を卒業論文で書いた。「天皇制」などは国民の合意の下に廃止できればいいと思っているし、25条の「最低限」という言葉と実質ももっと見直すべきだと考えている。そういう意味では厳密に言うと「改正論者」と言える。ただ、今はそれを持ち出すべきではないと思う。何故なら、既に現憲法はその適用実態と大きなギャップを持っているからだ。(※「ぼく憲法は理想です。現実にあわないから憲法を変えようというけれども話があべこべ。現実のほうを少しづつ理想に近づけていくのが本来じゃあないか」再出発日記:輝け日本国憲法!より)敵が更に多くの国民にとって理想ではないベクトルに(恐怖心を煽りながら)持っていこうとしているわけだからいたずらに「改正論」を持ち出すことは混乱を招くだけだと思う。自公の言う「改正」は「改悪」どころか現憲法の精神を破壊さえする「壊悪」であることを訴えることこそ重要であると思う。昨日の毎日新聞では大きく2面にわたって「集団的自衛権」の問題を取り上げている。毎日新聞が今まで「共謀罪」や「教育基本法」のことをこれだけ大きく取り上げただろうか?断じて否である。こんな新聞の言うことを信じてはなる毎!今の政府は誤魔化したいものには全て変な言葉を用意する。「レジーム」「エグゼンプション」「美しい国」「障害者自立支援法」「解釈改憲」「(共謀罪改め)テロ謀議罪」などなどこんなくだらない言葉に騙されないで欲しい!

有識者」とはなんであろうか?有識者が「知識を持っている人」と規定するのであればそこに入らない人は「無識者」であり、「知識を持っていない人」と言うのであろうか?これほど国民を愚弄する言葉はないではないか!私が考えるには『「有識者」とは黒のものを白と言い切って白と思わせる「特殊技術」を持った人たちである』と考える。今、安倍は国民の間に広がりつつある「恐怖」を更に高めることで「憲法」を「壊悪」しようとしているのであるからそのような論議に加わることは敵の思う壺である。護憲の立場としては「改正論」が戦前の「レジーム=体制」に逆もどりするものであり、多くの国民にとっては「悪夢」でしかないのだということを声高く表明することこそが重要であると考える。

3.再度、「国民投票法案」について



中曽根と安倍晋三「国民投票法案」を否定する考えは「解釈改憲」を推し進めるだけだという考えもある。たしかにそうもかしれない。だから良い「国民投票法案」が必要だという考えは本当の意味での「憲法改正」を持ち出すことと同じく、混乱を招くだけだと私は思う。そこまで国民の大半は事の本質を解っていない。だから「最低投票率が必要だ」と言っても「ボイコット運動を起こされて民主的ではなくなる」などという大嘘で誤魔化されているのが悲しい日本の現実である。それらの魂を売った知識人たちの発言を記録するためのデータベースとしての巨大掲示板のようなものを作ることはとても有意義だと思っています。※以下加筆 もう既にCMはないものの9条を変えようとする政府のプロパガンダは日に日にその声を大にしています。今日のフジテレビの「報道2001」なんて酷いものです。改憲派が揃って彼らの正義をぶちあげています。竹村健一なんて恥ずかしいおっさんにはひっこんでもらって「いっぺんゆうてみたかった!」とゆうてみたいもんである。

私は自民党より、むしろ民主党にとって「憲法ポジマップ」は大きく、重い踏み絵になると思っています。いくらクリーンな顔をしても自民党と同じベクトルの憲法を志向するようではほとんど自民党と変わらないことが浮き彫りにされると思う。まるでリトマス試験紙のようなものではないか?また公明党にとっても「創価学会」の平和思想の理念と自民党の「新憲法草案」が大きく異なることを多くの支持者が知ることで困ることになると私は確信しています。4日の天木直人さんのブログに素晴らしい文章を発見したので紹介したい。

私は、外交官の体験を通じ、これからの国際政治状況を考えると日本の最善の安全保障政策は、実は日米同盟の強化などではなく憲法9条を一字一句変えないことであるという確信に最後にたどり着いた。これは誰がどのような議論を並べようと、後で振り返ってみて間違いなく正しいと証明される結論なのだ。その事を一人でも多くの国民が共有し、政府の改憲のもくろみを国民の一票で拒否できる事を期待して発信し続けてきた。頼まれもしないのに一人で毎日ブログを書いているのも、他にする事が無いということもあるが、その為である。

しかしこの齋藤氏の記事を読むと、それがおそらく真実であろうと実感できるゆえに、暗澹たる思いがするのである。平和をのぞむ普通の人が善意から平和を叫び、デモをし、自分の生活とは関係の無い遠い場所に行って平和運動をする。その尊い努力が、政府と企業と広告会社が金に任せて行う改憲への大衆誘導策に、一瞬にして負けてしまう。そう考えると悔しすぎる、悲しすぎる。

しかし諦めてはいけない。権力者がやろうとしていることは所詮そういうことなのだと知った上で、なお憲法9条の大切さを国民一人一人の心に訴えていけばいいのだ。
  
戦後唯一の国民的政治運動であった60年の安保闘争は一体何であったか。様々な理由が語られている中で、あれは東条内閣の閣僚でありながら戦犯を免れた岸信介が、戦争の悲惨さがまだ消えていない国民の感情を逆なでして強硬に日米軍事同盟を進めようとした、その岸信介という一政治家に対する、あらゆる層の国民の怒りが広げた運動であったという指摘がある。その孫の安倍首相が、国民の合意のないままに改憲を強行しようとして、国民を分裂しようとしているのは、歴史の皮肉である。つくづく安倍首相は愚かだ。国民の怒りを軽視してはならない。

中曽根元首相がいみじくも指摘しているように、改憲は世の中を「殺伐」としたものにする。国民の意識はいまだ熟していない。そんな状況で強行してはいけない。今の日本はそんな事をしている場合ではない。それを繰り返し唱えていけばよいのだ。それでも改憲したいなら、「やれるものならやってみろ」と私は言う事にしている。


そう!「やれるものならやってみろ」と私も言いたい。この「憲法ポジマップ」は「集団的自衛権」なんて言葉を吹き飛ばしてしまう位の「元気印(保坂展人さんが最初に使ったという。)」を持っていると私は確信しています。敢えて言いますと私の狙いは敵に痛打を与えることにあります。ですから「憲法ポジマップ」は自由に改変してください。私の狙いが実現するものであれば、戦略的ポイントがずれていないものであれば、異を唱えるものではありません。特に、社民党や共産党などの護憲勢力や多くの護憲団体にはどんどん活用していただきたいと願っています。今は既に5時30分。これだけの文章を書くのに何回も何回も校正し、けっきょく3時間もかかってしまいました。この3時間が「日出ずる国=日本の夜明け」の警鐘になることを願ってやみません。友よ!夜明けは近い♪参院選で自公を惨敗に追いやり、勝利のオフ会をしましょう!

60年安保闘争

雑談日記のSOBAさんのご指摘に従い、マトリックスの軸の取り方を変更しました。マトリックスの右上にプラスのイメージを置くというのが常識だとすれば、私は常識を知りませんでした。ただ私の意識の中ではそれはあくまで現象面のことに過ぎず、本質的な問題意識においてなんら変わりませんし、買収されたわけでもなんでもありません。もし買収されたとしたら直ぐに自分の城を築きます。私は嘘にぬり固められた今の政府に一矢を報いたいと常に考えています。その中から出てきた発想です。

憲法に法律がぶら下がっているのはあくまで憲法が上位に来るからです。元の教育基本法はあくまで現憲法の精神の下に作られていて、それが改悪されてしまったので破線で表しています。新憲法は未だできていませんが改悪教育基本法はあくまで自民党憲法草案に沿った法律で現憲法違反です。共謀罪という悪法もあくまで自民党憲法草案に沿ったものですので、それにぶらさげてあります。これもまだ可決していませんので破線です。旧教育基本法も福祉関連の諸法律も現憲法の下にあったもので、理想の憲法の上に風船のごとくくっついている表現はおかしいと思います。

今日の日テレ系列大阪読売テレビの「ウェークアップ」においてあの塩爺が「ネットカフェ難民」に対して「今の若いもんはわがままで辛抱が足りない!ネットカフェでけっこう楽しんでるんと違う?」などという暴論を発しました。→そもそも憲法がなんたるものかが国民に理解されていないからこういう発言を許してしまのです。断じて許せません。
憲法ポジマップ

1.メディアの変化



昨日のNHK総合 その時 歴史が動いた 第287回
憲法施行60年 特集 憲法九条 平和への闘争はなかなか見応えのある番組だった。

http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html より引用
日本国憲法施行から60年。この間、「戦争放棄、戦力不保持」を定めた第九条の理念と、今や世界有数の軍備を持つにいたった現実について様々な議論が行われてきた。冷戦下、吉田政権は独立をめぐるアメリカとの駆け引きの中で、再軍備要求を受け入れる。しかし、それは九条との矛盾を生み、その結果、2つの勢力が形成される。

憲法で軍備を認めるよう九条改正をめざす「改憲勢力」、そして、九条の平和主義を守ろうとする「護憲勢力」。この対立は、岸内閣が進める日米安保条約の改定をめぐり過熱する。岸は不平等な内容を改正して世論の支持を得て、その後、改憲を進める構想を抱いていた。しかし、護憲勢力は、安保改正は日本を戦争に巻き込むことにつながると反発。この訴えは、核実験や駐留米軍に対する反戦運動の高まりのなか、国民の戦争への不安に火をつけ、戦後最大の国民運動に発展する。

結局、新安保条約は成立するが、その直後に岸は退陣。その後組閣した池田首相は「憲法改正は今考えていない」と発言。改憲・護憲論争は収束し、この改憲に対する姿勢はその後の内閣にも引き継がれていく。番組では、憲法九条をめぐり改憲・護憲論争が火花を散らせた、憲法施行から安保闘争までを描く。


わずか1時間の番組の中で安保と改憲をめぐっての論点が極めてシンプルに提示されていたと思う。それにしても安保反対の署名が2000万人分も集まったとは驚異である。やはり、まだ敗戦から15年しか経っておらず、人々の間に二度と戦争はごめんだという想いが強烈に残っていたのであろう。新安保条約は成立するも改憲の流れをくい止め、以降47年間も護り続けてきたということはやはり民衆の力の成せるものだと思う。こういう番組を放送できるということはまだ良識派が根絶やしにされていないということの現れだろう。同じことが朝日新聞にも言える。今日の憲法記念日の特集はなかなか圧巻であった。共産党と「九条実現」の全面広告が目立っていたし、8面を使った社説も評価できると思う。※注 ちょっと褒めるともう4日の朝刊は酷いもので昨日、日比谷公園に集まったのが何人だったかを伝えていないし、「デモが○○反対で古くさい!」という28歳の男声の意見を紹介していただけである。(先頭のピースボートの若者のサウンドデモはとても素晴らしかったのだぞ!踊りが日本人ばなれしてカッコ良かった!私もリズム感には自信があるのだが・・)それに比べると毎日新聞はかなりお粗末である。テレビはと言えばフジは憲法の番組は皆無であるし、日テレも無きに等しい。この事実だけ見ても政府が如何に、国民が知らない間にだまし討ちの如く、国民投票法案を可決しようとしているかを証明していると言える。朝日には自民党の元県連幹部が「九条の会」に入ったというような記事があった。それに対して毎日の世論調査だと改憲が51%で護憲が19%だという。ネットにアクセスできない環境で書いているのだが、この調査は明らかに捏造だとしか言えない。

夜の22時54分からのTBS「筑紫哲也NEWS23」の憲法記念日の特集で去年の12月、国会前にて教育基本法改悪に対して一緒に闘った京大法学部2回生の和賀南海子さん(通称みなこちゃん)の紹介がされていた。素晴らしい内容であった。きっと60年安保において亡くなった樺美智子さんもみなこちゃんのような素晴らしい感性と知性をもっていたに違いないと私は思う。

2.健康で文化的な最低限の生活とは



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今日は少し早めに出て上野にて漫画喫茶に入った。※座敷部屋に入ったので部屋の寸法を測ってみた。横幅が1メートルで縦が175cmである。ただし入り口には小さな玄関があるのでそこを引くと頭の部分はわずか50cmほどしかない。こんなところではとてもじゃないが熟睡はできないだろう。駅前の横断歩道の近くに右翼の街宣車が5台くらいあったのだが9階の漫画喫茶までガンガン怒声が聞こえてくる。しかしあんな下品な連中やネットフナムシを「右翼」などと呼ぶのは本物の右翼諸兄に対して失礼ではないだろうか?「自主憲法制定」などと叫んで「日の丸」を前面に出してはいるものの、実際にはおしりから「星条旗」が見え隠れしているのが彼らの実態だと私は思う。しかし、あそこまで下品に振る舞うのは何か理由があるのだろうか?参加者に恐怖を与えることが目的なのだろうか?

会場に着いたのは12時20分であったが、すでに公会堂は満員とのこと。定員は2000人とのこと。外に居るのは同じく、ざっと2000人くらいか。これくらいだと知っている人にはすぐに会える。ZAKIさん、大地実さん、救援連絡センターのAさん、大木晴子さんetc。どうも共産党関係の人が多いようである。しかしちょっとだけ言わせていただければ彼女たちの歌う唄は40年間あまり変わっていなくてな~んか気持ち悪いのです。

世論調査なんかを見ていると、ひとりひとりの意見を集計したものであり、答えた人たちはそれなりの見識を持っているかのように感じる。ところが、そもそも答えた人間がまともに物事を解っているかと冷静に考えてみると、お寒い限りとしか言えないのがその実情ではないか。例えば「憲法と法律の違い」を質問されてまともに答えられる人が何人いるだろうか?100人のうち5人も居るだろうか?はなはだ疑問である。国民の多くがすべからく、憲法について、そのなんたるかを知っていて、初めて世論調査は民主的だと言える。今の調査はほとんどの人間がお上や一部の評論家の言うことに付和雷同して答えているにしか過ぎないのだ。いちおう成人としてまともな見識を持っているように見せないとかっこがつかないので、とりあえず答えているのであろう。それでも実際には護憲派の方が多いのであるから、改憲を目論む勢力からすればクーデター的に罠に嵌めようとしているのはもっともな事なのである。日本国憲法施行から60年という今日、彼らに正義があるのであれば堂々とテレビでそれを訴えるだろう。それをしないということは国民投票法案をクーデター的に通してあとは有無を言わさず改憲にもって行こうとしているのだから、まさに人類猫化計画のロキさんが言うように憲法99条違反なのだ。

日本国憲法第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


改憲派にしても護憲派にしても9条に重きが置かれているのだが、実際には改憲派が目論んでいるのは「国家が縛られる憲法」ではなく、「国民を縛る憲法」に変質させることであり、それは「憲法改正」や「自主憲法制定」などというようなものではなく、「憲法壊悪」という言葉がもっともふさわしいと私は考える。

最近になって騒がれている「ネットカフェ難民」や「マック難民」は既に5年も前から居るという。はっきりしているのはあの「小泉改革」の結果として生まれたものだということである。こんなことが今まで問題にならなかったこと自体に、日本の社会の異常さを感じる。憲法第二十五条で保障された「健康で文化的な最低限の生活」に届かない人間以下の生活でしかないのだ。せっかく憲法の中に規定されているにも関わらず、その国民の当然の権利が主張されないというところに江戸時代の「どん百姓根性」をかいま見るのだ。私がここへ来て既に40日が過ぎたのだが、最近、寝てもどうもすっきりしない。ベッドが狭すぎるのだ。それと食事も肉食が多く、主食は白米なので野菜不足でカロリーが過多となり、10Kgも太ってしまった。最近では毎日、6kmは歩いているのだがいっこうにやせる気配がない。※夜、お腹がすくので配給されるお菓子を食べて誤魔化しているのも悪いようだ。まあ大衆的な好みに合わせてあるので私の基準と相当違う食生活を余儀なくされているということであり、むしろ主食が胚芽米もしくは玄米であればおかずは野菜中心でもっと安上がりになると思う。そういう発想ができない西洋栄養学的視点こそ私は貧しいと考える。西洋医学で言う「健康」とはインドの予防医学であり、5000年もの歴史を持つアーユル・ヴェーダではその大半が「未病=病気までは至っていない」と診断されるのだ。

3.「憲法ポジ・マップ(通称)」が出来た!



「魔のトライアングル」以来、どうも私には一見、複雑に見えることの根源をシンプルに表現する才能と呼べるものがあるような気がしてきた。昨日のニュースで中曽根元首相のコメントを聞いて腹立たしく思っていたところ上記のポジショニング・マップを思いついた。多くの憲法学者がいろいろと言われているが「改憲」と「護憲」の違いをズバリ表現するとこのような図になると思う。権力の側の大嘘プロパガンダがあまりにも強いので今までこのような説明は皆無であったが、その本質はたったこれだけの図で表せる単純なことなのです。手前味噌ながらこの図は護憲派にとって大きな武器になると私は確信しています。「60年も経ったから時代遅れ」などというのは大嘘です。現憲法における理想の精神は現実の社会ではまだまだ具現化していません。それどころか勝手な解釈でどんどん国に都合の良いようにねじ曲げられているのです。現憲法の適応実態は既に黄信号が出ていますし、自民党の新憲法草案などは赤信号そのものだと言えます。自衛のために9条を変えるというのも嘘です。アメリカと一緒に戦争のできる国にしたいから9条を変えようとしているのです。この図で安倍ら戦争屋たちの狙いは一目瞭然に明らかになっています。悔しくも成立してしまった新教育基本法は現憲法から見た場合、違憲であるのは明らかですし、共謀罪法案の違憲性も明らかです。逆に現憲法にもとづいた福祉関連法案はどんどん削除されようとしているのです。ただ細かい部分で改良の余地はあると思うのでとりあえずVer.1.00として発表させていただきます。ぜひ感想をoates@henrry.netまでお寄せください。また時間の許せる範囲で多くの人々に会ってアピールしたいと考えています。ぜひそのためのカンパをお願いしたいと思います。なおご自分のブログで転載していただける方は下記のタグをコピーしてください。バージョンアップに自動的に対応できます。

<div align="center"><img src="http://henrry.net/gokenmap.gif" alt="憲法ポジマップ" border="0"></div>



ピースボートのサウンドデモ
いいな!いいな!お父さんも参加したかったな~(笑)



1.プレカリアートの反攻




※あれあれ!瑞穂さんも居たのですね。ご苦労さまです!

「自由と生存のメーデー'07」プレカリアートの反攻 に行ってきた。寮にてお昼を食べてからの参加なので集会には参加することはできなかったが、デモの様子を見ることはできた。会場入り口にはまたしても大量の公安警察のポチどもがうようよ。こいつらは集会の参加者に対する恫喝が主たる任務だと思うのだが正規職員として普段は何をやっているのだろうか?また100人くらいは居ると見えたが、それぞれ別の分担を与えられているのだろうか?5月1日の朝日新聞によると420人の参加だったということだが、それだけの参加者に対して100人ほどの公安が一体何を調べると言うのでしょう?今の酷い政治に対して数十万のデモがあってもなんら不思議はないのですが、たった420人ほどのデモに対して100人もの公安を動員し、多くの税金を投入していることに憤りを感じた。去年のデモでは3名が不当逮捕され、その反発がより大きなうねりを生み出している。警備にあたる警察は普通の制服であるが良く見れば機動隊であり、透明な楯を持っている。国会前などの集会では通行人の邪魔にならないことを規制の理由としているが、歩行者をデモ隊から守るのが規制の理由らしい?なんのことはない。デモに共感した歩行者がデモに加わることを規制しているのだ。よほど上からきつく指示されているようであちこちで参加者から反発を受けている。新大久保駅の近くのマクドナルドでは「マックは時給を上げろ!」「マック難民をおいだすな!」のシュプレヒコールに店員のスタッフが手を振って応えている。

ビートの効いた音楽に合わせて、従来の左翼デモとは違うシュプレヒコールが叫ばれる。「生きられる世の中にしろ!」「派遣会社はピンハネをやめろ!」「ソフトバンクは携帯を止めるな、殺す気か」「メディアは娯楽でごまかすな!」「貧困は我々のせいじゃない」などなど。新宿に近づくと見ている観客も多くなり、同じような境遇にある多くの若者がエールを送っている。彼らにとっては国民投票法案のことはピンと来なくても、自分たちの生活に直結する問題だけに共感を感じているようである。

歩行者に配られているチラシを読んでみた。「▽ただいま通過中!非正規雇用者のメーデーでデモれ!」「孤立への自立を拒み、連帯の中に自律を求めよ」がタイトル。昔の東大全共闘のスローガンを思い起こさせるようである。メッセージを読んでみると、「政府は問題を機会の不足へと矮小化し、格差と貧困の責任を私たちの就業能力、起業能力の欠如に還元しようとしている。その帰結は、生存を自立競争の勝利者への褒賞に変えることに他ならない。」という具合。もっともなのですがちょっとインテリ的だと思う。山谷のホームレスのおっちゃんも居るのだからもっと解りやすい表現が欲しい。「プレカリアート」という言葉も「エグゼンプション」と同じで決して馴染まれない言葉だと思う。

「貧しさはひとりひとりのせいじゃない!嘘っぱちの改革を大きな団結で打ち砕き、人間らしい生活を取り戻そう!」
「政府の改革の名によるアメリカの植民地化政策こそが、私たちが現在かかえている貧しさの原因です。政府は多くの国民の生活を守る義務を放棄し、その生活を破壊することで大企業や金持ちにより大きな富をもたらしているのです。責任を果たしていないのは政治家であって、我々には責任を問われる前に正当な労働条件で働く権利があるのです。」
できれば文章だけではなく、イラストや漫画や音楽で表現したいものです。

2.体制擁護のインテリ漫画家に騙されるな!



teroriannight.png新ゴーマニズム宣言11「テロリアンナイト」を図書館で借りてざっと目を通した。作者のよしりんこと小林よしのりは私より2歳下である。まあ世間的には「おじん」なのですが、おつむor感性の足りない子供(※おつむor感性の足りない中年も居るようだ)におそろしく偏った歴史観を植え付けている。おじんとは言ってもなかなかのヤサ男で、表紙に自分のイラストを載せていることからナルシストの気があるように感じられます。歴史は常に勝者によって作られるという観点はもっともであり、単純にアメリカによって成された戦後処理が全て正しいものとは言えないだろう。その点については異論はない。かと言って日本軍が全て正しかったなどと言えるものでは断じてない。同じく図書館で借りた「戦争と差別と日本民衆の歴史:久保井規夫」という本がある。ざっと眺めたが、細かく読む気にはならない。はっきりしているのはそれら日本軍による残虐行為は歴史的な事実だということである。それを事実だと認識できないのは祖国=正義だと思いたいと願う、間違った願望の成せるわざだと私は確信している。何故、そのような願望を持ちたいのかが私には理解できない。多くのおつむor感性の足りないよしりんファンが何十万部もの漫画を買っているのでよしりんは立派に自立しているのでしょうが、それだけではないだろう。おそらく司馬遼太郎がそうであったように、その背後には強力なパトロンが居るのだろう。あまりにも露骨に狂信的扇動をするよしりんの姿に共感する読者というのはやはり心と神経が深く冒されているように感じるのは私だけでしょうか?

新ゴーマニズム宣言11「テロリアンナイト」より引用
仕方がないからでは教えておいてやろう。一つには・・・「つくる会」の教科書は実はもっとも情報量が多い、ということを言っておく。そして歴史事項の羅列にしかなっていない今までの教科書は、歴史の流れ、ストーリーがわからないから、ただ事項の丸暗記をするしかなかった。中略 しかし、この「新しい教科書」はストーリーがわかるように書こうと努力している。歴史をストーリーで覚えるから歴史事項の意味がわかりやすい。意味のわかる歴史事項の暗記の方が苦労しない。したがって受験には「新しい教科書」の方が有利なのである!」


こんな馬鹿馬鹿しい文章を見て「そうだ!そうだ!」などと思うのはよほどおつむor感性の程度が低い人間でしかない。ストーリーさえあれば良いと言っているわけで勝利者による間違ったストーリーでも歴史の事実だと認識させようとしているのだ。みんなが間違ったストーリーを覚えてしまえば有利もクソもあったものではないのだ。そもそもおつむor感性の程度が足りない子供でも理解できるストーリーなんてもので歴史が動いてきたとはとうてい思えない。歴史は常に勝者の歴史である。敗者は「鬼」にされ、たとえその時に極悪非道を成したものでも勝者となり、その権力を何世代に渡って継続させれば「名家」となるのが人の世である。ましてや国際間の政治の世界では、常識的な見方では理解できない事実が多く存在する。アメリカの歴史などはまさにヤラセの歴史であり、捏造こそがアメリカのお家芸なのだ。真珠湾しかり、月着陸しかり、911しかりである。これらの影に潜む巨悪の存在が歴史の事実を、国際政治の真の姿を広く、深く、覆い隠していることが露呈されてきつつある。真のストーリーなどは歴史学者にも解らないほど隠蔽されてしまっているのが現実なのだ。

よしりんの戦争論に対して様々な人が批判を展開している。「戦争論 妄想論:教育資料出版会」は8名の知識人による共著でよしりんの戦争論を批判している。まえがきにて「彼ら(ゴーマニスト)の多くはこれまでの批判によって、なお、ゴーマニズムの呪縛から解き放たれてはいない。」とし、「戦争論の対抗軸たるべき平和論を表明すべき」であると述べられているのだが、宮台真司、姜尚中、中西新太郎、梅野正信などのアカデニズムの世界で仕事をしている方々の文章は非常に解りづらい。こんな文章をよしりんに惹かれる若者が理解し得るとはとても思えない。それに対して水木しげるや石坂啓などの漫画はとてもリアリティに溢れ、説得力がある。水木しげるの漫画には、戦争当時の鳥取県境港市でのご両親の会話から始まっている。「(新聞を読みながら父)ははは、日本はやりますね。」「(母)ほんとに気持ちがいいです。」スキャナーがなく、絵をお見せできないのが残念なのだが、こんな会話が戦争中にされていたということに驚かされた。私の父は中国に出征していたのだが結核で除隊になり、昭和16年には帰国している。両親から聞かされた戦争の話というのは大阪空襲の恐ろしさだけであったので、こういう会話が存在したということ自体にショックを受けた。まるでオリンピックで日本がメダルラッシュにわいているかの如き感想である。私はこういう田舎の人間にありがちな愚鈍さを憎む。それは「新しい歴史教科書」をよしとする人間と同じく、殺され、傷を受けた側に対する想像力が完全に欠如しているのだ。

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●個人サイト
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※現在62歳の万年ロックおじさんです。元過激派高校生です。もう狂った世界や政治のことを書くのに疲れました。これからは新しい時代を予感させる情報をお伝えします。
大阪府守口市出身 東京生活10年を経て
山梨県北杜市小淵沢町在住
サバイバル生活を実践しています。彼女と古民家にて菜園と「流しそうめん&明石焼き」のお店を開きたいです。
●詳細プロフィールは・・
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