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新自由主義が荒れ狂い、愚かなる既存メディアが大本営発表しかしない現代日本。ややこしく見える問題を根元的な視点で簡単に説明し、あるべき未来の姿を問い続けます! |
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| 「自己責任」という政府の責任を転化する姿勢は実は憲法違反だった! | | 2007-05-19 14:27 |
今は5月19日土曜の深夜3時20分。そっとキーボードをなでるように打っている。昨日はショックなことがあってあまりにも早く、ふて寝をしてしまったのでもう充分睡眠は足りている。
ここに来て既に2週間が経過しようとしている。来て4日目くらいからハローワークに行き、そこで応募しようと選んだ求人票を何枚かプリントアウトしてから寮に帰り、専任の相談員の方にお見せして、相談し、アポをとってもらってから面接に行くというサイクルを3回ほど繰り返している。いろんな会社を見て来た関係で事務所やお店を見ただけで経営者の性格まで解ってしまうという特殊技術?を身につけてしまった私であるが、求人票だけではさすがにそこまで解らない。行ってから事務所を見て「およびでない(亡き植木等さんの名文句)」と感じることが正直多い。意外と多いのが面接をする方が自己紹介をしないということである。偉そうにするつもりは無いが、こちらにだって選ぶ権利がある。そんな人間としての最低のマナーを実行できない人間の居る会社に入ってうまくいくとはとうてい思えない。それが「雑貨」という求人票に記載された言葉では解らない、三流の「ブランド物」を扱うような会社であればなおのことである。マクロに言えばそんな商品はもう賢明な人にとって必要とされない商品であると思っている。経済破綻するかも知れない日本にブランド物なんて必要ではない。そんな商品を扱う生業(なりわい)が向こう10年も成り立って行けるわけがないと思っているし、そんな嫌いな商品を毎日見なければならない仕事など苦痛以外のなにものでもない。安物の水商売のママさんのような女性の言うことを素直に聞けるような私ではないのは充分解っていただけると思う。でもアイス・コーヒーを出してくれただけまだ救われていた。
もっとも酷かったのはビルの入り口に「面接は5階で」と書いてあったものの行ってみるとこれ以上感じの悪い女はそうそういないと思う性悪女が「面接は4階です。」などと怒ったように言い、行ってみれば既に5人くらいが立ったまま待っていた。5分くらいしてからさっきの女が現れ、(自己紹介することなく)会社の説明を5分くらいした。それぞれの履歴書などをホッチキスで綴じながらそこにマジックで無造作に目印を書いた。(※「ああせっかく手書きできちんと書いているのにもう使えない!」)「次の人は内線(電話)で呼びますので上にあがってください。」とのこと。もうこの時点で請われても入る気などさらさらないのだが、相談員さんの手前、一応、面接だけは受けることにした。来てから約1時間たって私の番となり、上へあがったのだが社長らしき顔色の悪い男とさきほどの女があろうことかえらい剣幕で口論している。社長の方はと言うと今まで入社した人間の悪口をさんざん言い、「あなたがここでやっていけると思うならやってください。」などと言ったのだ。私はご想像のとおりそそくさと退散した。後から別の相談員さんに聞いた話だがなんと「札つき」の会社だとのこと。それならそれで言ってくれればいいのに・・。交通費と時間のまったくの無駄でした。
昨日行ったのはウェブサイトの「検索エンジン対策」をやっているという会社。今風の事務所でパソコンが10台ほど円卓の上にセットされて、やたら若いお兄ちゃんたちが作業をしていた。またしてもおよびでない。(笑)取締役である誠実そうなお兄さんが言うには、「現在なんらかのサイトを運営している方にはそれらを削除していただきます。」ということ。これはまるで踏み絵だ。何ももたない今の私にとって私のささやかなサイトは自分が生きた証である。それをどうなるものとも解らない会社に入るために削除などとうていできるものではない。どうってことはないのかもしれませんが、こういう面接は精神的にかなり堪えるのです。こういう時は歳のせいか横になってしばらく休まないと回復しないのです。どうせ支給されている500円ではろくなものも食べられないので寮に電話をして昼食の確認をして戻ることにしたのです。それからまたハローワークに行き、2時間ほど検索し、帰りに1時間ほど漫画喫茶に寄った。ちょこちょこ見ているあるブロガーのリンクにかって知ったるブログを見た。一度は削除したと思っていたがまた復活していたのだ。彼とは会ったことはない。ただ何回かメールでやりとりをしたことがある。本名も知っている。おそらく親子ほどの歳の差があるのだろうが気になる存在である。何故か彼の苦しみが自分のもののように感じられるのだ。彼がこの2年間くらいの間に面接を受けた回数に比べれば私のそれはまだほんの序の口にしかすぎない。あまり多くを書くまい。彼が見ているかもしれないからだ。こんな私の文章を見たからといってナイーブな彼のこと、また削除などして欲しくないからだ。
おそらく彼も人から「不器用だ」とか「わがままだ」とか「辛抱が足りない」などと言われているのだろう。でも彼の苦しさは彼にしか解らないものだと私は断言する。私の苦しさも私以外の人には解らないと思う。そんな彼の苦しさを覗き見してものすごくつらかった。心をえぐりとられるような苦しさを感じた。それで早い夕食を食べてからずっと横になったまま寝てしまったのだった。
私のパソコンのスキルなんてものは今の技術レベルから言えばスキルなんて言葉に値しないものなのでしょう。このわずか20年くらいの間に起こった技術革新は過去のどんな時代にも無かったものなのでしょう。プログラムを書けることくらいはパソコンをやっている人間としては最低のスキルかもしれない。今時、英語の通訳なんて時給1500円程度のものでしかないと言う。10年間いくら夢中で勉強したとは言え、素人としてはずば抜けていてもプロのレベルから見れば幼稚園の園児のようなものでしかないのでしょう。パソコンにまともに取り組めば必ず壁にあたる。自分ではなかなか解決できないことが他人の助けで簡単に解決できることが多々あるのです。ところがパソコンを持っていてもまともに取り組んでいない人からは質問が来ない。まともに取り組んでいる人からはどんどん質問が来て、どんどん技術を向上される。IT情報教育アドバイザーとして多くの学校に行って経験したことである。あれから数年が経って、光インターネットがあたりまえになってはいるが、多くの中年以降の人が自由にインターネットにアクセスできているかと言えば決してそんなことはないのです。若い人が書いていると思える「エロメール」にしてもまったくメールの基本が解っていないものが多い。このように日本のIT社会は初心者の集まりなのです。この寮でもたばこ代がないという人間は多くいるが、インターネットに接続できないことを訴える人間は(私以外は)誰もいない。
カナダに居る美爾依さんが沖縄のことを心配していても日本に住んでいる多くの日本人はそんなことを知らない。せいぜい長久手で捕まった私の本名と2字も同じ人間がお縄になったくらいだ。どんなに安倍内閣が危険で酷い内閣であるかを多くのブロガーが訴えていても、そんなものを見る機会の無い人間にとっては別の世界の話であって、彼らにとっては「みのもんた」の正義漢気取りが心地良いのかもしれない。だからこそ自動車学校のようにパソコンを自由に操ることができるように教える仕事ができ、多くの人に真実を知ってもらうことができればいうことがないのですが、どうもワードやエクセルを学ぶために大枚を取る「アビバ」のような学校はあっても高齢者が気楽におこづかいでインターネットを学ぶ学校が(需要がないとは思えないのだが)ほとんどないのが実情なのです。鳥取県の米子市に居たときに病院の掃除の仕事をしていたことがありました。ですから、今の生活から抜け出るのに掃除の仕事でもかまわないと思っています。でも、できることならずっと続けていけるやりがいのある仕事がしたい。それも年収で言えばせいぜい250万円ほどしか望んでいない。それが贅沢なことなのでしょうか?
わんばらんすのココロさんが「憲法ポジマップ」について書かれている。
難しい座標軸などを理解できない人々が山のようにいるわけですし。今は、そのような「学者的見解」にこだわっている時ではないと思うわけです。こんなことしていたら多くの人たちへの伝播や啓蒙が7月の選挙までに間に合わない。だから今は、ただただ政治なんかに興味がない人々に「大変なことになっているんだな!」って気づいてもらうことに全精力を注ぐべきではないんでしょうか。如何でしょうか?^^
多くの人は憲法9条が時代に合わないということを聞かされてはいても、自民党が改悪しようとしている憲法が、「国家にとって理想」であっても「国民にとっては理想」どころか悪夢のような戦前に逆行する「独裁国家」にふさわしいものであることなどさらさら思ってもいないのです。そういう意味ではあの図はショック療法になり得ると思うのです。今、見て感じるのはむしろ最初のバージョンのように「自民党の憲法草案」が右上にあった方が良かったかもしれないということです。多くの国民にとって良い方向に向かっていると思われる内容が、実は赤信号であるということにほとんどの人が気付いていないことに警鐘を与えることができるのではないかということです。
もし、それでも「完全な図形じゃないとダメ」だと言うことならば、「画期的に判り易い正しい図」を率先して作ってくださるほうがどんなにいいでしょう。批判や忠告のエントリーよりも嬉しいです。私たちには「マンガのように簡単で、なおかつ完璧に言い得ている図」が必要なのです。庶民の理解度が画期的に高くなる図を切望していますので、「我こそは得意だ」というかたには、よろしくお願いしたいと思います。誰かが作ってくれたモノを批評するよりも、みんなの知恵を結集してより良いモノを作ることに総力を注げないでしょうか。
そうなんです。簡単なようで簡単に作れるものではありません。なんらかの啓示のようなものがあってはじめて作れるものだと思います。今の時代に対する悔しい思いが啓示を呼び寄せているのです。批判する人が完全だと言っても私から見ればピントがずれまくったものでしかないのは前回指摘したとおりです。そればかりか悲しいかな、なにかそこに不純な意図が見えてしまうのはけっして私だけではないと思っています。※「やられたらやり返せ!」という子供の喧嘩を誘発しているのではありません。正直な気持ちを吐露したまでです。
文章でも図画でも、知識が豊富なかたには「人が作ったモノを批評する」のは簡単なことです。それでは・・何故、人が作るまえに作らなかったのでしょうか?「発想・アイデア」も大事な要素なのです。同じ側に立つ者の、このような内輪のスッタモンダが野党共闘が実現できない理由の一つなんじゃないでしょうか。なんだか・・とても哀しいです。
こういう彼女の記事に平気でトラックバックする神経も私には理解できません。そうです。とても残念です。本来もっと自由に時間を使えるなら徹底して反論して多くのブロガーにも呼びかけたいところなのですが、今の立場ではそういうこともできなく非常に歯がゆいのです。多くの女性が私の画像をセンスが良いと褒めてくれますが、私には絵心やデザインセンスなどというものはまったくないのです。ただしセンスの良いものを選ぶ能力はあります。実はあの絵は「共謀罪」の時にも使ったのですが「フローチャート」というキーでgoogleのイメージ検索をして出てきた中でセンスが良いと感じたイメージに色合いを合わせてあります。画像編集のソフト上でスポイドを調べたい色の上で抽出すれば、別の場所で塗ることができます。そこまでやって作っている画像であると理解してください。時間があればぶいっちゃんのバナーも修正したいのです。※内容はとても良いと思いますし、心意気にも頭が下がりますが、残念ながら色づかいが素人的で万人受けしません。あのチカチカも気になる人が多いようです。
前回の記事で民主党の議員に9条について問うことに対して否定的な考えを書きました。その気持ちは基本的に変わっていません。へたに9条を選挙の争点にすることは危険だと思います。敵の思う壺にはまることになると思うからです。世の中には日本の平和を守るためにこそ9条を変える必要があると思っている(=実は思わされている)人が多くいます。9条は変えても全体としての憲法を護るべきだと言う人もいます。※先日、そういう人がトラックバックを送っていたがついつい削除してしまっていました。
ただブロガーの民意としてそういう思いをぶつけていくことには異存がありませんので「反戦な家づくり」の名月さんの思いに応えて、賛同させていただきます。ただ、できることなら現在の格差社会で喘いでいる多くの人たちに浴びせられる「自己責任」という言葉が実は憲法第十三条における「幸福追求の権利」及び、憲法第二五条の「生存の権利」に違反しているものだということを明らかにしていただきたいと思っています。こんな当たり前のことを誰も言わなかったということは憲法の理想の精神がその適用実態において全く、実現されていないことに他なりません。
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腐ったゴキブリ集団=自民党をこの世から放逐せよ!チェスト!行け!
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