東京ラプソディ 【作詞】門田ゆたか 【作曲】古賀政男
1.花咲き花散る宵も 銀座の柳の下で 待つは君ひとり 君ひとり 逢えば行く 喫茶店(ティールーム) 楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京
2.うつつに夢見る君の 神田は想い出の街 いまもこの胸に この胸に ニコライの 鐘も鳴る 楽し都 恋の都 夢の楽園よ 花の東京 以下、略
昭和11年(1936年)のヒットソング。今の30代以下の若い人は歌詞をみただけでは思いだせない、あるいは知らない人も多いのではないでしょうか?それからわずか9年後の今日3月10日に東京は大空襲に遭い、10万人もの人たちが悲惨な死を遂げた。1931年には満州事変が起こり、この曲がヒットした年には2.26事件が起こり、翌年から日中戦争が始まるのだ。そういう激動の時代であったにも関わらず、こういう曲がヒットしたということは多くの人々はその後に対する危機感もなく、刹那的に生きていたのでしょうか?なにか今の時勢とだぶって見えてなりません。
東京新聞は共謀罪のことを積極的に取り上げたり、大手新聞にない良さがあり、読者欄も良心的な意見が多いのですが、今日の「応答だより」を読むと次のような指摘があった。東京新聞が5日夕刊社会面の「現場考」で、厚生労働省が生活保護の基準引き下げを容認した事を書いたら、すかさず読者より、「まだ恵まれている」、「苦しい生活とは思えない」という声が相次いだという。
「記事の女性は月11万2700円。私は保護なしで月10万6000円。それでも生きています」(76歳男性)
「年金生活者だって食費は月3万円以内に切り詰めている」(60代男性)。
「記事の方より生活保護を受けていない私の方が生活は苦しいのですが、何とか工夫して明るく暮らしています」(60代女性)などなど。
弱者が弱者の足を引っ張ることで結果的に生活保護基準切り下げ容認を目論む、厚労省検討委員会を応援することになっています。何故このような視点しか持ち得ないのでしょうか?「衣食足りて礼節を知る」の言葉のように貧しいが故に礼節がを忘れ、同じような立場であるにも関わらず不要な対立を生んでいるように思います。弱者に対しては「生存権」以下の生活を強要しつつ、最近の例では公共用地補償機構という天下り法人の職員旅行が、特別会計予算で賄われていて、一人当たり一泊9万円という法外な出張手当が支出されていたという。しかもその中身がコンパニオン代というではないか。こんな犯罪まがいのことを糾弾せずして弱者を非難してなんになるというのか?そういうあなたたちは自公に投票しなかったのか?弱者も含めて多くの人が与党を支えて来た結果として、年金や雇用が崩壊し、明日の無い弱者が街に溢れることになったのではないか。
63年前に東京大空襲に遭った方々は「もうこんなことが二度と起こらないようにやって欲しい」という。そういう圧倒的大多数の人々の声もむなしく、世界から戦争はなくならない。多くの人たちが(他人まかせの姿勢ではなく)、戦争の原因を正確に認識さえできれば、間違いなく戦争はなくなると思う。
桐生悠々(きりゅうゆうゆう)- Wikipediaより
桐生 悠々(きりゅう ゆうゆう、1873年5月20日-1941年9月10日)は、石川県出身のジャーナリスト、文明評論家。本名は政次(まさじ)。
明治末から昭和初期にかけて反権力・反軍的な言論をくりひろげ数多くの筆禍事件を引起したことで知られ、特に信濃毎日新聞の主筆として書いた『関東防空大演習を嗤(わら)う』題する社説で、都市空襲を受けるならば日本の敗北は必至であることを予言したことで名高い。
『関東防空大演習を嗤ふ』 1933年(昭和8年)8月11日、折から東京市を中心とした関東一帯で行われた防空演習を批判して、悠々は社説『関東防空大演習を嗤ふ』を執筆する。同文中で悠々は、敵機の空襲があったならば木造家屋の多い東京は焦土化すること、被害規模は関東大震災規模に及ぶであろうこと、空襲は何度も繰り返されるであろうこと、灯火管制は近代技術の前に意味がないばかりか、パニックを惹起し有害であること等、12年後の日本各都市の惨状をかなり正確に予言した上で、「だから、敵機を関東の空に、帝都の空に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものである」「要するに、航空戦は...空撃したものの勝であり空撃されたものの負である」と喝破した。この言説は陸軍の怒りを買い、長野県の在郷軍人会は信濃毎日の不買運動を展開したため、悠々は同9月に信濃毎日の退社を強いられた。
まさに先見の明のある人は12年も前に惨状を予測していたのに反し、その後、3年経っても一般の人々は享楽にうつつをぬかしていたのだ。
東京大空襲の日、大阪や名古屋では敵機が北上していたことを伝えていたが、東京においては陸軍による報道管制で一切、伝えられていなく、いきなり地震のように爆弾が落とされてきたという。しかも翌日の新聞やラジオにおいてさえ報道されなかった。官僚が暴走し、メディアが真実を伝えない今、またこのような悲劇が繰り返されないことを祈るばかりである。
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